第四十章 茸狩り 9.ネモのダイエット講座(その1)
~Side ネモ~
「ネモ、先程の鍛錬の話だが……魔術の場合にも当てはまるのかね?」
オーレス先生が訊いてくるんだが……そういうのは先生方の専門でしょうが。詰問されても困るんですけど。
「……憶測になりますが……多分そうでしょうね。魔法を使うのにもエネルギーは必要ですし、そのエネルギー源となっているのは食物でしょうから」
ほぅほぅと頷いてるんだが……先生、黒い嗤いが漏れてます。
「いや、すまん。訓練をサボりがちな学生たちを煽るのに、恰好のネタなもんでな」
……先生もかよ……
「「解ります」」
いや……隊長さん方も、何もこのタイミングで同意を示さなくても……
「ネモ君だったね? ちょっといいだろうか?」
あぁ……今度は王宮料理長さんかよ……
「運動療法の話は興味深く聴かせてもらったが、料理の場合はどうなるんだね?」
「――そうですわ!!」
あぁ……お嬢が物凄い食い付きっぷりだ……
『やっぱり ききせまってるよねー』
ヴィク……お嬢は従魔術の心得があるんだから、聞かれて拙いような事は黙ってような。
『はーい』
「え~と……さっきも言いましたけど、肥満に直接関わるのは脂肪分ですが、元凶という意味では糖分もそれに当たります。この二つを減らせば肥満を防げるわけですが……」
……お嬢……そんな絶望的な目で俺を見るなよ……
「……素人判断で食事を減らすと、身体に必要な栄養分が欠乏して、却って肌荒れなんかを起こす事があるそうなんで、お薦めしません。基本は運動量を増やすのが良いでしょうね」
「ふむ……」
脂身の無い肉と野菜だけを食べて、澱粉質を一切摂らないっていう荒業ダイエット法があるそうなんだが……下手をすると命に関わるとも書いてあったしな。話さない方が良いだろう。
「問題なのは老齢や病弱などで運動に向かない方たちでしょうが……そういう場合は食事療法によるしか無いでしょうね。ただ、効果が出るまでにどうしても時間がかかります」
「ふむ」
「幾つかの例を挙げると……」
お嬢……目を烱々爛々と光らせて聴いてるな……
「……油っこいものと一緒に食べると、油分の吸収を抑制する飲み物が「それは何ですの!?」」
だから、割り込むなって……
「……すまんがお嬢、俺も詳しく知ってるわけじゃない」
ウーロン茶とかプーアル茶の事なんだが……そもそもこの国で「茶」らしいものを見た事が無いんだよな。まぁ、前世で云うハーブティーみたいなもんはあって、それを「ティー」と呼ぶところは同じなんだが……厳密にはこれは「煎湯」を約めた言い方であって、前世のteaとはちょっと違う。
前世だと原産地からユーラシアに広まる経路によって、広東語由来のCHA系と福建語由来のTAY系に分かれたとか読んだ憶えがあるんだが……こっちの世界での事情は知らん。ちなみに日本語の「茶」は広東語系、英語の「tea」は福建語系だな。
ただ、こっちの「煎湯」とか「煎湯」とかの呼び方は、CHAとかTAYから来てるんじゃない。元々は穀物の煎じ汁を薬として飲んでいた事があったらしく、「脱穀」を意味する古語から転じたもんらしい。……前世フランス語のtisaneと同じようなもんかね? ……そのくせして、麦茶自体は飲まれてないんだよな。こっちの実家で家族に出した時も不評だったし。
ま、そんなわけで、名前こそ似てるが中身は別物っていうわけだ。前世の地球でも、ヨーロッパに緑茶や紅茶が広まったのは十七世紀に入ってからだと読んだ憶えがあるし、まだこの国だか大陸だかには届いていないのかもしれん。……いや……一部の富裕層は、数少ない輸入品を手にしている可能性もあるか?
……一応、ざっとしたところを話しておくか。
「俺が知ってるのは、その飲み物はとある樹木の若葉を乾燥させたもので、乾燥の方法によって幾つかの種類に大別される事、更にその一部に、さっき言ったような効能がある事ぐらいだ」
「何という飲み物なのかは判りませんの!?」
「すまんが知らん」
「ネモ、その原料となる樹木だが……?」
おっと、今度はオーレス先生からのご下問か。
「えぇと……確か常緑樹だったと思います。それほど大木にはならなかったような記憶がありますけど……その辺りははっきりしません。それと、この国や大陸に生えているのかどうかも知りません」
「……そんなものの事をどこで知ったのかね?」
「あー……えーと……故郷にいた頃、旅の商人から聞いたような気が……。子供の頃の話なんで、記憶もあやふやですが……」
……いかん、先生とお嬢を筆頭に、全員が疑わしそうな目でこっちを見ている。話を逸らさんと。
「まぁ、有るのか無いのかも判らない飲み物の話はここまでにして、茸の話に戻りましょう」
「ネモさん! 茸も痩せるんですの!?」
お嬢……茸が痩せるわけじゃないからな?