第四十章 茸狩り 8.ネモのエクササイズ講座
~Side ネモ~
「だから……総じて栄養といわれるものは、大きく分けて油脂・肉・澱粉に分けられるんですよ。それ以外にも幾つか、身体の調子を整えるのに必須の成分はありますけど、それらは量で言えば少ないんです……だ、そうです」
「ネモ、それ以外の成分というのは……「それで!? 美容痩身はそれとどう関係しますの!?」」
お嬢……オーレス先生が話してるんだからさ……割り込むような無作法は……
「ネモさん! 答えて下さいな!」
あぁ……聞く耳持たんって剣幕だな……先生も苦笑いして引いちまったよ。
『おじょう ききせまってるねー』
鬼気迫る……言い得て妙な表現だな……
「……お嬢、太るってのは要するに、身体に余分な脂肪が付いた状態なんだ。脂肪はエネルギー源としては優秀だし、食べ物を得られなかった場合に備えて、身体がそれを蓄えるのは理に適ってる。……ただ、それが度を過ぎると、太るという状態になるわけだ」
「……つまり……脂分を控えればいいという事ですの?」
「間違っちゃいねぇが、正しくもないな。要は食べる量と使う量の釣り合いだ。使う量より食べる量が多ければ太るし、少なければ痩せる。だから、美容痩身の方法も、大きく分けて二つある」
「……食べる量を減らすか、使う量を増やすか……」
「そういう事だ」
前世風に言えば、前者がダイエット、後者がエクササイズになるのか?
「俺たちの場合は身体を使う事が多いから、太る暇が無ぇって事か?」
「そうだろうな。実際、鍛錬を怠けると覿面に肥え太るわけだし」
隊長さん方も興味津々って感じだが……マクルーア隊長……黒い嗤いを浮かべるのは止めてもらえませんかね?
「おっと、失礼した。訓練をサボりがちな部下どもを叱りつける、恰好のネタに思えたものでね」
痩せ過ぎるのも不健康なんだが……あぁ、一言注意しておくか。
「誤解の無いように言っておきますけど、体重と肥満は必ずしも一致しませんからね?」
「何? そうなn……「どういう事ですの!?」」
だからお嬢……他人が話してる時に割り込むのは止めようぜ……
「……お嬢……油は水に浮き、肉は沈むだろ? つまり油の方が軽いってわけだ。言い換えると、脂肪は見かけの嵩の割には軽いんだ。鍛錬で脂肪を筋肉に置き換えると、体重は寧ろ重くなるからな?」
……前世の妹も誤解してたからな……エクササイズでシェイプアップに成功していながら、体重が増えた増えたと騒いでやがった。挙げ句、トレーニングを指導した俺のせいだなんて言い出しやがって……
「い……言われてみれば……」
「案外気付いてなかったろ?」
お嬢が考え込んでいる隙を衝くように割り込んだのは、マクルーア隊長だった。
「ちょっといいだろうか? 部下から偶に訊かれるんだが、痩身向けの運動というのはあるのかね?」
怪我や病気で休んでいた騎士さんたちから訊かれる事が多いらしい。身体のキレを取り戻す上で知っておきたいと言うんだが……多分、質問者の大半は女性だろうな。お嬢の耳もピクリと動いたみたいだし。
ただなぁ……俺もそれほど詳しくは知らんのよ。有酸素運動が良いって話を聞いた事があるくらいだ。あとは……前世の妹のエクササイズ絡みで、ヨガの事をちょっと調べたくらいだな。
「えーと……俺も詳しくは知りませんけど、激しい運動よりも、負荷の小さい運動を長時間続ける方が良かったような……」
「具体的には?」
「一番良いのはジョギング……持久走ですかね。息が切れない程度に一、二時間くらい。あと、水中で歩くのも良かった筈です」
「水中!?」
頓狂な声を上げたのはジュリアンだが、他のやつらも目を丸くしてる。……こりゃ、十中八九誤解してるな。
「水中に沈んで歩くんじゃないからな? 間違えんなよ、フォース? 胸ぐらいまでの深さの水に浸かって歩くんだよ。水の抵抗で移動に負荷がかかるし、逆に浮力によって体重が相殺されるから、肥満体の人間がやっても、膝とか腰に負担がかからんからな」
「あぁ……なるほど……」
「そりゃ、巧い手だな」
……思った以上に受けが良いな。美食過食と運動不足で、肥え太った貴族が多いのか?
「ネモさん、もう少しお手軽な方法はありませんの?」
お手軽って言われてもなぁ……ヨガのポーズを幾つか知ってる程度だぞ。……前世の妹が煩かったから、一応調べはしたんだよ。……こっちの実家でも母さんに訊かれたしな……
仕方が無いんで、幾つかのポーズとコツを教えておいた。……聞き齧りのうろ憶えだから、あまり期待はするなと釘を刺して。……母さんは効いたと喜んでたけど。