第四十章 茸狩り 7.茸狩り(その5)
~Side ドルシラ~
ネモさんの弱み……いえ、美味しく食べられそうな茸を採集してらした事を知って嬉しく思っていましたら、ふと地面に目を遣ったネモさんが――
「借りっていうならこいつはどうだ?」
――そうおっしゃって掘り取ったのは……何ですの? この奇怪なものは?
「……こりゃ……虫の蛹から茸が生えてんのか?」
特務騎士団のバンクロフツ隊長は、その正体にお気づきになったようでした。
……私には見当も付きませんでしたけれど……
「ご名答。冬虫夏草ってやつだ。厳密に言うと少し違うんだが……まぁ、括りとしては同じ仲間だな。滋養強壮だの何だのに効果があるっていうから、色々とお疲れの隊長さんには丁度好いんじゃないのか?」
……事も無げにおっしゃいますけど……ネモさん? プラントワームってどれだけのお値段するのか、ご存知でいらっしゃいますこと?
「口止め料にゃデカ過ぎらぁ! 馬鹿野郎!」
隊長が立腹していらっしゃいますけど……無理もございませんわよね。
何しろプラントワームと言えば、遠い異国でしか入手できない幻の薬草。幼若の頃は小動物に擬態して過ごし、時至って草の本態に戻る。その薬効たるや、不老長寿・滋養強壮・疲労回復・精力増強・回春・鎮咳・鎮静――と、枚挙に暇が無いとまで言われる代物なんですのよ?
「いや……そこまでは……これは飽くまで同じ仲間ってだけで、本物に較べると効果は落ちるみたいだけどな」
……落ちるだけで、効果はありますのね?
「……そんな大層な代物が、ところもあろうに王都の直ぐ近くで採れるなんて事がバレたら、一体どうなると思ってやがんだ!?」
「……どうなるんだ?」
「俺が知るか!!」
……隊長もかなり動揺しておいでですわね。
********
~Side ネモ~
おっさんが一つ貸しだの何だのと面倒な事を言い出したんで、何か無いかと辺りを見廻したら、丁度好さそうなものが目に入った。
《サナギタケ擬き:昆虫の蛹に茸の一種が寄生したもの。オルラント王国やその周辺で「冬虫夏草」として知られている薬草に近い種類。プラントワームほどではないが、滋養強壮・疲労回復・精力増強などに効果がある。蛹の部分とシジツタイの部分で成分に差があり、シジツタイの部分は前述の薬効が強く、蛹の部分は解毒剤としての効果が高い》
……俺の【鑑定】は地球準拠になってるらしくって、時々カタカナの灰色表示の部分が混じる事がある。どうやらこちらの世界にはまだ存在しない概念のため、日本での単語をそのまま使用している箇所らしい。この場合、「シジツタイ」というのは「子実体」、つまり「茸」の部分だろう。
しかし……蛹の遺骸と子実体で効能が違うというのは知らんかったな。前世の冬虫夏草はどうだったんだろう。……この世界に特有の事情なのかもな。
ま、何にせよ、疲労回復に効果があるってんなら、〝借り〟の対価にゃ充分だろう。借りなんぞ、熨斗を付けてさっさと返しておくに限るからな。
……そう思ったんだが……案に相違して、おっさんはプリプリと憤慨してる。
何が拙かったのかと内心で首を傾げていたら、お嬢が説明してくれた。……俺が思っていたより、冬虫夏草の価値が凄い事になっていたようだ。
「半分以上は、この奇妙な姿のせいだと思うがな。まぁ、本物を見た事があるわけじゃないから何とも言えんが」
「……ネモさん、さっきから頻りに本物々々っておっしゃってますけど、どう違うんですの?」
「うん? 俺も詳しく知ってるわけじゃないが、茸の種類と寄主……寄生する虫が違う筈だぞ? 茸の種類が違うんだから、当然効果も違うだろ?」
前世の地球だと、確かオオコウモリガの幼虫に寄生するやつだけが、本来の意味での「冬虫夏草」だった筈だ。それ以外は「虫草」って言うんだったけか。サナギタケとかセミタケとか。贋物とまではいかんが、普及品扱いだったよな。……まぁ、それなりに効果はあったみたいだが。
「それでも一応効果はあるんだね?」
おぉ……いつの間にやら御一同が勢揃いかよ……どんだけ貴重品扱いなんだ、虫草?
「まぁ、滋養強壮とか疲労回復、精力増強くらいの効果はあるみたいだが……不老長寿なんて都合の好い効果は期待すんなよ?」
本物にだって、そんな効果があるかどうかは怪しいもんだ。
「だとしても……王都のすぐ傍でこれが手に入るなどと知れたら……」
コンラートのやつは難しい顔をしているが……俺の【眼力】で見た限り、そこまで大層な効能じゃない筈なんだけどな。
「だからな、マヴェル。こいつは確かにプラントワームの一種じゃあるけどな、本家本元のプラントワームほどの効能は無い筈だぞ? いや……それを言うなら、本物のプラントワームにしたところで、謳い文句ほどの効能が真実あるかどうかは疑わしいと思うぞ」
そう言ってやったところが、
「……生物としては同じ『プラントワーム』という括りでも、効能は別という事か」
「そういうこった」
どうやらコンラートも落ち着いたようだし、これにて一件落着……と、思っていたら……
「ネモは色々と詳しいようだね?」
……今度はオーレス先生がお出ましだよ……
「え? ……まぁ、故郷にいた頃にちらほら耳に入ってきましたからね。……行商人だの何だのから」
「湖水地方の行商人というのは、随分と学識高い者が多いようだね?」
……いかん、これは疑いを持たれたか? 適当な事を言ってはぐらかさんと。
「まぁ、茸だの山菜だのには、何らかの薬効を持つものも多いですしね。特に茸には変わった形のものも多いですから、幻想を掻き立てる部分もあるんでしょう」
「幻想ねぇ……」
「滋養強壮だなんて言っても、要は栄養になるっていうのをそれっぽく言ってるだけでしょうしね。それなら大抵の食物が当てはまります」
飢え死にしかけてる者にとっちゃ、一杯の粟粥だって延命の妙薬だろうしな。
「まぁ……そう言われれば、そうか……」
よしよし、好い感じにはぐらかせそうだな。
「茸なんてのは、どっちかと言うとカロリー……栄養源には向いてないんですけどね。寧ろ食べても身にならないから、ダイエットに使われるくらいで」
「ダイエット……って、何ですの?」
「あぁ……えーと……食事療法による美容痩身とでも言うのかな、あれは」
……その瞬間、お嬢だけでなく全員の視線が突き刺さった。
……気を逸らそうとしたんだが……これは……特大の地雷を踏んじまったか?
怒濤の失言祭りの始まりです。