第四十章 茸狩り 6.茸狩り(その4)
~Side バンクロフツ隊長~
ネモの坊主が「食用になる毒茸」なんて妙なもんを見つけたせいで、ご一同はちょいとした騒ぎになった。全くあの坊主ときたら、どこでこんな妙ちきりんな話を聞き込んでくるのやら……
そのせいなのか、坊ちゃん方も妙な感じに気合いが入っちまって、一緒に来なさった先生を質問攻めにしていた。……先生も休みの日にご苦労なこった。
俺たちの任務は茸狩りじゃなくて、止ん事無き坊ちゃん嬢ちゃんの護衛だからな。茸じゃなくて周りの気配に気を配ってるんだが……それでもついつい目に入っちまう。俺がその茸を見つけたのもそんな時だが、同じ茸をレンフォール公爵の嬢ちゃんも見つけたようだ。
「ネモさん、この茸は食べられますの?」
「どれ……あぁ、ヒトヨタケか。若いうちは食えるんだが……もう傘が開いちまってるからなぁ……。あと、こいつは酒と一緒に食べると悪酔いするから、憶えといた方がいいぞ」
ほほぅ……そいつは知らなかった。面白ぇ事を聞かせてもらったぜ。……ちょいと持ち帰って、知らんぷりしてあいつらに食わせてやるか……
「……バンクロフツ隊長も、憶えておいた方が良いですよ」
……ち……気付いてやがったのか。抜かりの無ぇ坊主だぜ。
「……ありがとよ。悪酔いしねぇように憶えとかぁ」
仮にも毒茸である以上、面白半分に扱うものじゃない――ってなぁご尤もなんだけどよ……そう言う傍から坊主が回収してんなぁ、そりゃ何だ?
何だか妙にグチャグチャした……獣の脳味噌みてぇな感じだが……?
「ネモさん、さっきから採集してらっしゃる……それも茸なんですの?」
……だよなぁ……嬢ちゃんもそう思うよなぁ……。柄がなけりゃほんとに脳味噌と間違えちまいそうだぜ。
「あぁ、歴とした茸だな」
「食べられますの?」
「……まぁな」
……うん? 返事が一呼吸遅れたな? ……て事ぁ、まさか……?
「いや……ちゃんと毒抜きすれば大丈夫だから」
「……今、〝毒抜き〟とおっしゃいましたかしら?」
「そう言ったな。――つまり、そいつぁ毒茸って事か?」
毒茸を採るなって言っときながら、自分でその禁を破るなぁどうかと思うぜ?
「いや、本当に大丈夫だから」
「ネモさん……美味しいのかもしれませんけど、敢えて毒に挑む必然性がありますの?」
「食えるものを食えるようにして食わないってのは、普通に怠慢だと思うぞ」
……そりゃそうかもしれんがよ……いやまぁ、ものは考えようか?
王都近くの森から毒茸が消えると考えりゃあ、保安上は望ましい事に……なんのか?
「……仕方無ぇ、見なかった事にしといてやるからちゃっちゃと隠せ。……坊主に一つ貸しだからな」
「……恩に着る……」
「ネ・モ・さん♪」
「……お嬢にもな……」
坊主が憮然としてんなぁいいんだが……嬢ちゃん、何か嬉しそうだな?
それも、男に対する好意とかじゃなくって……弱みを握って好都合――って感じが仄見えてるんだが……
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~Side ネモ~
シャグマアミガサタケに似た茸があったんで【鑑定】してみたら、案の定、地球のシャグマアミガサタケに相当する種類のようだった。毒性は強いし、地球のシャグマアミガサタケと同じように、茹でた時の蒸気も毒なんで注意が必要だが、一応毒抜きの方法は確認できた。なのでせっせと回収に励んでいたら、お嬢がヒトヨタケを見つけたようだ。
地球産のヒトヨタケと同じく、アルコール代謝におけるアセトアルデヒドの分解を阻害するから、酒と一緒にこいつを食べると、酷い悪酔いを引き起こす。なのでお嬢に注意したんだが……特務騎士団のバンクロフツ隊長がこっそり懐にしまい込もうとしてやがった。おぃこらおっさん、いい歳してお茶目な真似をしてんじゃねぇよ。
釘を刺しといたら仕返しのつもりか、俺が回収していたシャグマアミガサタケ擬き――こっちじゃギロって言うらしい――の事を突っ込まれた。藪蛇だ。
おっさん――もう隊長じゃなくて「おっさん」で充分だ――には、〝黙っといてやる、一つ貸しだ〟なんて言われたし、お嬢までがその尻馬に乗っかって嬉々としてやがる。
この借りをどうしたもんかと思ってたら……丁度そいつに気が付いた。