第四十章 茸狩り 5.茸狩り(その3)
~Side ネモ~
「ベニテングタケ」擬きの後に「タマゴタケ」擬きが見つかって、見分け方で紛糾したりしたが……どうもこっちの世界の「ベニテングタケ」擬き、地球産のそれに較べて疣のサイズに変異が大きく、大きいものから痕跡的なものまであるため、分類の手懸かりに使っていいものかどうか判らなかったみたいだ。おまけに雨に打たれたりすると、疣が取れる事もあるようだしな。……俺は地球準拠の【鑑定】で区別できるけど。
ま、注意して見れば柄の色も違うし、慣れたら判別できるだろ。
アマニット以外にも、「ヤマドリタケ」に似た茸や「アンズタケ」っぽいやつなんかも見つかりはしたが、出汁を取るのに向いた「シメジ」や「シイタケ」、「エノキタケ」に相当するものはほとんど見つからなかった。……いや、「ベニテングタケ」擬きに含まれている「イボテン酸」は、強い旨味成分でもあるんだけどな。さすがに調味料として使うのは難しいみたいだ。
「ネモの言葉を疑うわけではないが、はっきり有毒だと判っている以上、利用には慎重にならざるを得ん。最低でも、毒の有無を鑑別する手段が確立できてからだな」
オーレス先生の言うのも尤もだな。
アスランの他に料理長さんが【鑑定】スキルの持ち主だとかで、気合いを入れて取り組んでたな。その甲斐あって、或る程度は鑑別できるようになったようだが、塩漬けにしたものが有毒か無毒かの鑑別までは、まだ難しいか。魔術師か錬金術師の協力を仰ぐんだろうな、多分。
「まぁ……茸にゃ似たような種類が多いですからね。有毒な種と紛らわしいケースも多いですし」
冒険者ギルドのサブマスのミュレルさんが言ってたっけな。不用意にレシピを流すと、中毒者が続発する危険が高いんじゃないかって。言われてみればそのとおりだ。ナイジェルも出汁を使うのは断念したか。
「ネモが調味料として使っていた茸は? ここにあるのかね?」
「いえ……残念ながら無いですね。そもそも数が少ないですし」
……あれはなぁ……偶々見つけたシイタケ擬きで取った出汁だからなぁ……。天然物のシイタケなんか、そう簡単には見つからんし。
というわけでナイジェルよ、お前に渡した出汁はベニテングタケのじゃないから安心しろ。
「ふむ……そうすると、安定して収穫するのは難しいか」
「えぇ、そうですね」
……一応実家じゃ種駒みたいなのを作って、原始的な原木栽培に着手してはいるんだが……まだまだ収穫が不安定なんだよな。
シイタケ……シーマッシュに限らず茸類の人工栽培は、まだ技術が確立していないんじゃないのか? だとしたら安定供給は難しい。つまり、庶民に普及させるのは無理って事になるか。ミュレルさんも時期尚早じゃないかって言ってたしなぁ……
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~Side 王室付き料理長~
ジュリアン殿下の通われる学園で、学生の余技とは思えぬ味わいの豆料理が出たという噂は聞いていた。その立役者となったスープストックに使う茸を採りに行くと聞いて、矢も楯もたまらず参加したのだが……ふむ……材料となった茸は見つからずか。
あのネモという少年が材料を隠している可能性はあるが、見た限りではそういう雰囲気は無いな。それに、アマニットが処理次第で食用になるなど、料理人にとっては垂涎ものの情報を教えて寄越したのだ。戻ったら早速試してみねばなるまい。
しかし……食材の一つとして茸を使う事はあるが、出汁の主役として使う発想は無かったな。それに、話から察する限りでは、我々が普段使用しているスープストックのように濃厚なものではなく、薄く透明なもののようだ。要訣は煮込み時間か火加減か……できれば実物を目にして技を盗みたかったものだが……今更言っても詮無き事よな。
まぁいい。精々あの少年の言動に聴き耳を立て、目を凝らしておくとしようか。
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~No-Side~
この国で使われているスープストック――フランス料理のブイヨンに当たるもの――は、前世ヨーロッパのそれと同様に、材料を長時間煮込む事で蛋白質を分解させ、アミノ酸やペプチドを生み出して濃厚な味を形作っている。
対してネモが使っているような和風の出汁は、旨味のアミノ酸だけをさっと抽出したもので、透明で旨味が強いのが特徴である。
このような出汁の取り方使い方はこの国では知られておらず、料理長が不思議に思ったのも無理からぬところであった。