第四十章 茸狩り 2.依頼
~Side ネモ~
「お嬢……俺への指名依頼を画策したのって、お嬢だろ?」
週末の闇の日――日本風に言えば土曜日――俺はお嬢に苦情を申し立てる事になっていた。……昨日ギルドに出勤したら、俺に対してレンフォール公爵家から指名依頼が出てるって聞かされたんだよ。ここまで大物の貴族からとなると、実質拒否はできないらしい。無茶な内容でない事だけは、ギルドがキッチリ確かめたそうなんだが……
「……公爵令嬢の野外実習の護衛、場所は王都郊外の北の森、日時は次の光の日――って……どこから見ても茸狩りの件だろうが」
――こうまで露骨だと、腹を立てる気力も残らんわ。そんなに茸が食いたいのかよ。
「人を食欲の亡者みたいに言わないで下さいます? 貴族である以上、王都の料理事情を覆すような事態が進むのを、ただ座視しているわけにはいきませんもの」
何を大袈裟な――と思ったんだが、お嬢にも言い分ってやつはあるらしい。
「フェリシアから聞きましたわよ? 創立祭のナイジェルさんの出店の事。調理に向かないと思われていた固豆を、鮮やかに調理して見せたとか。固豆の評価が一転して相場が混乱しかねないと、商人たちが騒いでいるそうじゃありません?」
……知らんわ。そんな大事になってんのかよ。俺はただ、前世のポップコーンを再現しようとしただけだぞ?
……ゼハン祖父ちゃんが何か言ってきそうだな……くそ、面倒臭ぇ……
「それだけではございませんわね? 豆の煮物に何か調味料を加えて、味わいを一変させたとか? フェリシアが驚いていましたわ。先日のナイジェルさんのお話も、それを踏まえての事ですわよね?」
……ちっ……あのお嬢ちゃん、ドルシラのお嬢にチクりやがったのか。……まぁ、不用意に提供した俺が悪いんだが。
あん時ゃ、面倒が起きる前にさっさと立ち去る事で頭が一杯だったからな。急がんと面倒臭がりのモートン先生が、フェリシアの送り付けを俺に押し付ける可能性もあったし。
「フェリシアの言うには、その調味料は茸のスープだと言うじゃありませんの。もしそれが手軽に手に入るのだとしたら、この国の料理事情は一変しかねませんわ。それをそのまま市井に流すのか、王国の独占として他国との交渉カードに加えるのか……貴族の一員たるレンフォール公爵家としては、確かめる必要があるのですわ」
……マジか……?
たかが茸の出汁だぞ? それがそんなに大事になるのかよ?
……こりゃ、ケンプの出汁も注意して扱わんと……取り上げられでもしたら迷惑だ。……俺の方からゼハン祖父ちゃんに手紙を出した方が良いか。
「既に食した者も多いだろうし、今更王国の独占というのも難しいとは思うけど、だからと言って、僕らも手を拱いているわけにもいかないし」
「仮に市井に流すとしても、下手をすれば王都の警備計画や衛生政策までもが影響を受けかねない。既にこの件は国務会議でも問題になっているそうだ」
「隣国の食糧事情が一変するとなると、僕らとしても無関心ではいられないからね」
……ジュリアン・コンラート・アスランまでもが割り込んで来やがった……
「我々の護衛に関しては、騎士団からも人を出してもらえるよう話が付いている」
「この件は決定事項だ。諦めろ、ネモ」
……コンラートとエルが留めかよ。くそ、俺の平和なスローライフをどうしてくれるんだ。
はぁ……公爵家からの謝礼金が高いのは、その辺りの事情も踏まえての事かよ。……確かにこれくらいはふんだくってやらんと、腹の虫が治まらんわ。