第四十章 茸狩り 1.発案【地図あり】
本章は結構な長丁場になります。ネモの失言祭だとも言います。
~Side ナイジェル~
「はぁ……」
もう何度目か判らない溜息を吐くが、そんな事で事態が好転する筈も無い。
「もういい加減に観念したら? ネモ君に話を訊けばいいだけなんでしょ?」
クラリスのやつまでメイベルに丸め込まれやがって……〝話を訊く〟のは俺なんだぞ? 自分は関係無いからって、勝手な事を言いやがって……
「だって、メイベルと約束したのはあんたじゃない。あたし関係無いもの」
……妹の押しの強さは知ってるくせに。俺が拒否できるわけ無いだろうが。
「……ぺーぺーの庶民出にはAクラスなんて、敷居が高過ぎるんだよ……」
「えっとぉ……誰かAクラスに伝手のある人はいないんですか? 例えば、道場のお知り合いとか……」
レベッカの言葉から咄嗟に俺が思い出したのは、同じイズメイル道場の門人で、武闘会の件で顔見知りになったレオ・バルトランってやつの事だった。あいつは確かBクラスだった。一応貴族らしいから、Aクラスにだって顔が利くだろう。Bクラスだって敷居が高いのには違いないが……ネモのいるAクラスよりはずっと気が楽だ!
そうと決まれば、一刻も早くレオのやつを捕まえないと……
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~Side ネモ~
DクラスのナイジェルがAクラスに俺を訪ねて来たのは、創立祭の翌週早々、木の日――日本風に言えば月曜日だな――の事だった。なぜかBクラスのレオが付き添ってたが。
ナイジェルの話というのは、出汁の取れる茸について教えてくれ、できれば採集に同行してくれというものだった。……そう言えば、ナイジェルの妹が随分食い付いてたっけな。この馬鹿はシスコンだから、妹のお強請りに抗しきれなかったんだろう。不甲斐無いやつだ。俺だって前世現世と妹持ちだが、いいように押し切られた事なんか一度も無いぞ。
「……何でか勝ち誇ったような目で見られてるのが気になるんだが……どうだろう、ネモ。頼まれてくれないか?」
まぁ、何だかんだとこいつには世話をかけてるしな。同じ庶民出という親近感も無いわけじゃないし……休みを一日潰すくらいなら構わんか。どのみち茸狩りには行くつもりだったしな。こいつに案内させれば面倒が無い。
「そりゃ、同行するくらいは構わんが、お目当ての茸が手に入るかどうかは責任持てんぞ? 俺はこの辺りの茸相については、何も知らんのだからな」
「あ、あぁ、それで構わない」
「んじゃ……次の光の日辺りでいいか?」
それまでにギルドや先生方から、情報を仕入れておくとするか。
「場所はどの辺りですの?」
「――え? あぁ……ネモが来てくれるんなら、北の森はどうかと思ってるんだが……」
「北の森……城壁の外の川向こうになりますのね」
「あぁ。内側の森は、最近になって監視が厳しくなったからな」
……その話は俺も冒険者ギルドで聞いている。例のディオニクスの件以来、王都内の林は無論、王都の近く――一応は城壁外だが、実質的には王都の範囲内――にある森まで、当局の重点監視対象になっているらしい。同じような騒ぎを起こされちゃ堪らんからな。それは解るんだが……どこか〝羮に懲りて膾を吹く〟――って感じが拭えないのも事実なんだよなぁ……
これまでちょっとしたものの採集は王都内の林で間に合っていたのが、最近は見咎められそうで落ち着かない――って、宿の女将さんも言ってたしな。城壁外の森へ出かける人も増えたらしい。こっちはこっちで気が抜けないって、隊長さん方がぼやいてたっけな。
そんな事を考えていたら――
「だったら僕らは無理かな? コンラート」
「……どうでしょうか。ネモが護衛に就いてくれると言えば……ひょっとして……」
おぃこら待て、何でお前らが蹤いて来る事になってんだよ。見ろ、レオもナイジェルも呆れてんじゃねぇか。
「いや……呆れるとかじゃなくて……さすがに殿下が外に出るのは難しいんじゃないのか? ……俺たち庶民とは、立場ってやつが違うだろ?」
ナイジェルがそう言うと、ジュリアンもコンラートも黙り込んだ。それを見て、この件はこれで決着――と、思い込んだのは俺の不覚だった。
……あのお嬢が何も言ってこない事に、疑問を覚えるべきだったんだよな……
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