第三十九章 ダッチオーブン(その2)
~No-Side~
ダッチオーブン実演の課題料理としてモルダーフがリクエストしたのは、ネモの予想に反して無水料理であった。ネモはてっきり短時間でできる何かを所望されると思っていたのだが、予想を外された形である。
実はそもそもの始め――創立祭二日目の時点から、ネモとモルダーフたちとの間にはスタンスの食い違いがあった。
鉄蓋の上に炭火を置いて加熱と言われれば、熱の廻りが早くなるぐらいはモルダーフならずとも――それこそ最初にネモの応対をした上級生でさえ予想が付く。
件の上級生に理解できなかったのは、態々そうまでして――余分な炭火を使ってまで――時短に拘る理由であった。
ネモはアウトドアでのキャンプ料理における利点を力説していたが、そもそもこちらの世界においては、アウトドアとかキャンプとかの語はサバイバルと同義である。魔獣猛獣の跳梁跋扈する野外に態々出向いて、自然に親しむ云々……などという発想は出て来ない。キャンプと言えば野営であるが、野営時の食事など短時間で用意できて食べられるのが一番――というのが、こちらの世界でのスタンダードな価値観であった。水と携帯食料があって、運が好ければ狩りたてのウサギか何かを串に刺して焼く……万事そういうものだと思われていたのである。
ゆえに、ネモの言うようなキャンプ用の調理器具というものが、今ひとつ理解できない。要は鉄鍋であるからして、家庭の竈でも使えるのは使えるだろうが、敢えて重い鉄蓋に価値を見いだす理由が解らない。
ネモは前世の記憶を引き摺っている上に、基本的に強者であるため、〝危険なアウトドアライフ〟という考えに至りにくく、こうした齟齬に気付かなかったのであった。
こういう文脈で考えれば、モルダーフが時短よりも無水料理に関心を示した理由も解らないではない。
野外においては基本的に、飲める水というものは貴重品である。その貴重な水を使わずに料理ができるというなら、これは一見する価値がある。長旅になると携帯食料だけというのは辛いものがあるし、鉱山での採掘キャンプなどでもそれは同じだ。水無しで料理ができるというのは、便利を通り越してありがたい話である。代わりに生野菜を用意する必要はあるだろうが……玉葱ぐらいならどうとでもなるし、芋の類を掘ってくる手もあるではないか。
納得のいく説明ができるというなら、試作品の鉄鍋――ネモの事場を借りればダッチオーブン――ぐらい、只でくれてやってもいい。成績評定にも色の一つや二つ、付けてやろうではないか。
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~Side ネモ~
結局無水料理かよ。時間がかかるって言ったんだがな。……ま、先生のご意向とあらば仕方がないか。
ザク切りにしたタマネギを鍋の底に敷いて――と。……焦げ付き防止のために水を加えてもいいんだが、無水料理って事をアピールするために、水は入れずにおくか。多少焦げてても気にはしないだろ。
その上に、薄皮を剥いて十文字に切り込みを入れたタマネギ丸ごとをゴロッと並べて、これも同じくザク切りにした塩肉を散らして……あとは弱火でコトコト煮るだけだな。水分が出てきたら、適当なハーブと塩を追加して、味を調えればいいか。
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~No-Side~
凡そ四十分後、水を加えずにネモが作ったタマネギのスープに感服したモルダーフは、あれやこれやとネモを質問攻めにした挙げ句に、件の鉄鍋をネモに譲渡したのであった。
その後でネモがドルシラとアグネスに捕まって、再び質問攻めとなったのは、これも言うまでも無い事であろう。