第三十九章 ダッチオーブン(その1)
~No-Side~
大きな混乱も無く――小さめのものは色々あったが、それはさて措き――創立祭が終わった翌週の木の日――日本風に言えば月曜日――の放課後、校庭の一隅に生徒たちが集まっていた。
創立祭の中日、妙な成り行きから、ネモはモルダーフたちを前にしてダッチオーブンでの料理実演を行なう事を約したのであったが……そんな面白い話が生徒たちの間に広まらない理由が無いわけで……
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~Side ドルシラ~
創立祭の間はネモさんと別行動になりましたけど……やっぱりネモさんはネモさんだったようです。本当に期待を裏切らない方ですわよね。昨日はお祖父様やフェリシアとも出会ったようですし。……フェリシアが言っていましたわね、何だか見透かされていたような気がするって。ネモさんの事だから、フェリシアの素性を勘付いているのかもしれません。気付いていて知らぬ振りをしたとも考えられますけど……フェリシア、勘は良いですものね。
――それはともかく、ネモさんはモルダーフ先生の冶金科でも何か口を滑らせたらしく、本日の運びとなったようです。何でも、冶金科で造った鉄鍋で料理を作ったらネモさんの勝ちなんだとか。……能く解りませんわね。
まぁ、ネモさんが能く解らない事をしでかすのは、ある意味いつもの事です。噂を聞きつけたクラスの皆さんも駆け着けていますけど……Aクラスの生徒以外は遠巻きですわね。またぞろ蛇料理じゃないかと戦々恐々のようですけど……ネモさんの引き出しは、そんな浅いものじゃありませんわよ?
少しだけ愉快な気持ち――優越感と言うのですかしら、これ?――で周りを眺めていると、Bクラスのアグネスさんがいらっしゃるのに気が付きました。……何でしょうか? 他の方たちよりも前の方に陣取っていらっしゃいますわね?
「アグネスさん――でしたわよね?」
「あ、レンフォール公爵様のお嬢様」
「ドルシラで結構よ。――学園内では」
そう、学園内では生徒は平等ですものね。……外で狎れ狎れしい態度をとられたら、私にも立場というものがありますから困りますけど……アグネスさんなら、その辺りを履き違える事も無さそうですわね。
「それで……アグネスさんもこの催しにご関心がおありなのかしら?」
……〝催し〟――で間違っていませんわよね? 一応は冶金科主催の筈ですし。
「ネモ君があの鍋を使って、短い時間でお料理を作ると聞いたものですから。薪と時間を節約できると言うなら、教会としても無視はできませんし」
あぁ……そう言えば、アグネスさんは教会にお勤めでしたわね。
「勤めていると言うか……わたし、教会付設の孤児院で育ったんです。司祭様やシスターたちが、遣り繰りに頭を痛めているのを知っていますし」
……そうでしたね。国や貴族も折に触れて支援はしているのですけれど、孤児たちの数は増えはしても減りはしないと聞いていますし……。早いうちから冒険者として身を立てる方も多く、そういう方たちは出身の孤児院にもできるだけの力添えはしているそうなのですけど……それでも、節約の可能性があるというなら、無視はできないのでしょうね。
……となると、この件はお父様にもお報せした方が良いですわね。……それもこれも、ネモさんのお料理次第ですけれど。
「あ、ネモ君が出てきましたよ」
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~Side ネモ~
たかがダッチオーブンのプレゼンに、能くもこんだけ集まったもんだぜ。お前ら、そこまで暇してんのかよ。
『マスター なにつくるのー?』
『そうだな……』
作れるものは色々あるが、アピールって事を考えるとなぁ……
ダッチオーブンの特徴は、第一に鉄蓋の上にも炭火を置いて、上下から加熱できる事。
第二に、蓋が鉄製で重さがあるから水蒸気で吹き上がったりせず、結果として食材の水分が水蒸気として逃げにくい事。
第三に、蓋が重いため内部は密閉に近い状態になり、圧力鍋ほどではないにしても高圧状態になる事。
これくらいなんだが……この中で解り易いのは……食材の水分を逃さず利用して作る無水料理か? だったら、タマネギを使ったスープでも作るか。けどなぁ……ちょっとばかし時間がかかるんだよな、コレ。……クライアントの意向を尊重するか。
「モルダーフ先生」
「んあ? 何だ?」
「ダッチ……これで作れるものは色々ありますけど、どういう料理をお望みですか? 手早く作る方か、水をほとんど入れずに作るスープか」
「――あぁ?」