第三十八章 創立祭~楽日~ 9.ポップコーン
~Side ネモ~
調理台の方で何か騒いでいるようだが……クラリスか? 豆を指して何か言ってるみたいだが?
「ちょっとナイジェル! あんたコレ、掴まされたわね?」
「え? 掴まされたっ……て?」
「あんたの目って節穴なの!? 固豆じゃないの、これ!」
「……え?」
固豆? ……聞き慣れない名前が出てきたな。
「おぃ、固豆って何だ?」
「あ……ネモ……君……」
「割り込んで悪いな。だが、何だか聞き慣れない名前が出てきたもんでな」
少なくとも、俺の故郷の湖水地方じゃ聞かなかった。
「えぇと――固豆っていうのはね……」
おっかなびっくりという体でクラリスが説明してくれたところでは、
「……つまり何か? 古くなった豆を安く入手できた……と思ったら、煮え易いゲイン豆に混ざって、皮が固く煮えにくい固豆っていうのが混じってたってわけか?」
「うん。高地民との交易で入って来てる豆。皮が固いせいで日保ちが良くって、保存食糧には向いてるんだけど……とにかく火が通りにくいのよ」
世の中そう甘くはないって事か。しかし……この固豆ってやつ……
『マスター どうかしたー?』
『……あぁ、事によるとだが、面白いものが食べられるかもしれんぞ』
……やっぱりか。こっそり【眼力】を使って鑑定してみたが、これ、ゲイン豆の爆粒種系統だ。内部の含水率が高く皮が固いため、煎ると爆ぜる……所謂ポップコーンみたいな豆なんだが……ひょっとして、ポップコーンとか知られてないのか? クラリスも〝煮る〟としか言わなかったし。……なら、
「おぃナイジェル。余ってる鍋はあるか? 蓋付きのやつがいいんだが」
「……あ?」
「あります!」
「おぃ、メイベル……」
「なら、ちょっと貸してくれ。あぁ、その固豆ってやつも少しな」
「はい!」
……ふむ、このメイベルってキャラ……じゃなくて子は、物怖じって事をしないな。俺としちゃ気楽で結構なんだが。さて……
「お、おぃネモ……何だか凄い音がしてるんだが……?」
「気にすんな」
「あの……ホントに大丈夫なの?」
「だから、気にすんな」
……ったく。この様子じゃポップコーンって調理法は知られてないみたいだな。
さて、仕上がりは……うん、悪くないな。前世食べてたポップコーンと較べても遜色無い……こっちの方が少し美味いかもしれんな。
『マスター これ おいしいねー』
『ん? 気に入ったか? なら、この固豆ってやつを少し買って帰るか』
『わーい』
砂糖とか糖蜜が手に入れば、キャラメルコーンも作ってやれるんだがな。
「……おぃナイジェル、景気好く音を立ててたから、野次馬どもが寄って来たみたいだぞ? じゃんじゃん作って、うまいこと売り付けちまえ」
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~Side フェリシア~
お姉様とはぐれてしまって心細い思いをしていたら、下層民……いえ、平民の少女が気付いてくれて、その子の兄がやっているというお店に案内してくれました。ここで少し休んでいれば、係員を呼んできてくれるというのです。不用意に家名を明かすわけにもいきませんので、あえて名告らずにいたのですが……係の者には名告った方が良いのでしょうか。
そんな事を考えていると、メイベルというその少女が、背の高い男の人たち三人を連れて来てくれました。背の高い男の人は、頭の上にスライムを乗せています。……だとすると……この人が「ネモ」なのでしょうか? お姉様のお話に、時々登場する人です。
ちょっと怖いような目をしていましたけど、メイベルが言うには、〝臆病な筈のスライムがあんなに懐いているんだから、怖い人じゃない〟そうですけど……何だか、私の素性の事とか、見透かされているような気がします。
そうそう、私の素性と言えば、ネモという人と一緒に来た男の人が、バルトラン伯爵家のご子息でした。私の事をご存知だったらしく、先生らしい人に耳打ちしていました。多分、あの先生みたいな人が、私をお姉様のところへ案内してくれるのだと思います。
メイベルのお兄さんが作っていたお料理は……何というか……少し味が薄いように感じましたけど、ネモという人が何か加えると、見違えるように美味しくなりました。……一体何を加えたのでしょう? メイベルが、〝こっちは本当に美味しいから!〟――と言ってくれたので試食してみたのですけど。
そのネモという人が、固豆とかいう食べにくい豆を料理すると、これがまた見違えるような料理に変わりました。……多分、料理でいいと思います。……厨房というより、魔術の練兵場のような音がしていましたけれど。
お姉様が言ってらしたように、得体の知れないところのある人です。
……お料理が得意というのも確かなようですけど。