第三十八章 創立祭~楽日~ 8.煮豆と出汁
~Side ネモ~
……教えられた店に行くと案の定、こんな庶民の出店には不似合いなお嬢ちゃんが、ちょこんと所在無げに座っていた。……フェリシアだよな? レンフォールのお嬢の妹の。
確かこのエピソード、メイベルに連れられてナイジェルの出店に行くと、迷子になったフェリシアと出会うんだよ。メイベルは迷子係の大人を捜しに行く途中で、主役組の誰かと出会って連れ帰る……という展開の筈だ。フェリシアの素性に気付いた主役が、フェリシアをお嬢のとこまで連れてって、そこからお嬢との親睦が深まる――って流れだったように記憶している。
……俺は貴族との繋がりなんぞ深めたくはないから、とっととモートン先生に押し付けよう。レンフォール家とはさっきも揉めたばかりだしな。これ以上ややこしいフラグなんぞ要らんわ。
……しかしまぁ、迷子になったのがフェリシアで、まだマシだったかもな。
ゲームでは、迷子になるキャラは他にもいて、誰に当たるかはランダムだった筈だ。アグネスの教会にいる孤児の少女とか、二年生キャラの知人とか、教師の知人とか……。特に二年生キャラは拙い。色々と面倒なキャラだからな。フラグが立つなんぞ、断じて回避だ。
『マスター ごはんはー?』
おぉ……そうだった。
色々と面倒な展開が続いて忘れそうになってたが、そもそもここへ来たのは昼飯のためだったな。……ふむ、ナイジェルのやつ、一体何を出してるんだ?
・・・・・・・・
「……煮豆、か?」
「あぁ、俺たち庶民に出せるのはこれぐらいだしな」
……おぃナイジェル、今心の中で〝それでも蛇よりはマシだけど〟って続けただろう? 【他心通】を使わなくても、それくらいは判るんだからな?
ま、それはそれとして、味の方は……
『びみょう』
……まぁ……味付けは塩のみだしな。
ヴィクは結構味覚が鋭いし、俺の従魔になってからは学園で――割と――贅沢な料理を食う機会も増えたんだが……これに関しては贅沢というよりも……
「おぃナイジェル、これって去年の豆だよな?」
「あぁ。それだから安く手に入って、安い値段で出せるんだ。……やっぱり判るか?」
「まぁ、こう見えてスライムは味覚が鋭いしな。……スライムじゃなくても、ちょっと勘の良いやつなら気付くと思うぞ?」
「そうか……」
凹んでるところを見ると、売れ行きはあまり芳しくないみたいだな。
「味付けが塩だけじゃ、やっぱり物足りんのじゃないか?」
「それは判ってるんだが……先立つものがな……」
いや……出汁なんて工夫次第だろうが。骨を長時間煮るだけでも、良い感じの出汁が取れるんだぞ。……って、長い時間煮るだけの薪が無いのか。
……だったら、干した茸とかを水で戻したらいいんじゃないのか?
「……茸?」
「あぁ。ま、ちょっとこいつを試してみるか」
茸の出汁なら、丁度使いかけのやつがあった。それなりに手間はかかってるんだが……ナイジェルにゃ何度か世話になってるし、同じ庶民出身って親近感もあるしな。ここは奢っておくか。
「おぉ……少しかけただけでも、結構変わるもんだな」
「ま、本来なら煮る段階で加えるもんなんだが、後付けでもそれなりの味にゃなるだろ。そいつは提供するから使ってみろ。鍋一杯分くらいなら、何とかなるだろ」
「恩に着る!」
ナイジェルは早速作り直しの構えだが……何だ? 騒がしいようだが、何かあったのか?
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に久方ぶりの更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。