第五章 知られざる「生活魔法」 2.魔法実技 序の幕
~Side ネモ~
王立魔導学園の学生とは言っても俺たちは一年生、しかも俺のように平民上がりの生徒も多い。平民出身の生徒も、学園への入学が決まった時点で読み書き計算程度は身に着けるよう指導されるし、そのための支度金も貰えるしで、完全な無学文盲という生徒はいない。とは言え貴族と平民では、基礎的な教育レベルに差があるので、一年生は基本的な知識や教養についての座学が中心になる。修辞学とか礼法とか……真っ当な庶民生活を送ってれば縁の無い学問だしな。
ただ、だからと言って、貴族連中が俺たち平民出身者を馬鹿にするような事は無い。以前はそういう事も結構あったらしいが、平民出身の身で王立魔導学園に入学したって事は、魔法の才能が飛び抜けていたという事だ。なのでそういう貴族連中は、実技になると平民出身者にコテンパンにやられたんだと。ついでに実家の面目も潰したりしてな。
そんな事が何代か続くうちに、今のような校風が醸成されたと聞いた。平民組は平民組で、魔法の練習なんかした事も無い者が大半なので、素直に貴族組のアドバイスを聞くらしい。
まぁあれだ、優秀な魔法使いの囲い込みって国策を理解できず、魔導学園の中に貴族の序列を持ち込もうなんて馬鹿は、国としても要らんわけだしな。下級貴族にとっても成り上がりのチャンスなわけだから、そういう状況を読めない馬鹿は――生徒・父兄・教職員の別無く――なぜか病死や事故死が続いたらしい。大変だなー(棒読み)。
まぁ、そういう生臭い話は措いといて……押し並べて新一年生には、あまり魔法の訓練をしていない初心者も多く、暴発暴走の危険が皆無ではないため、「魔法実技」の初回の授業は、教室ではなく学園外の訓練場で行なう事も多いんだそうだ。嘗てユニークスキル持ちが派手にやらかしたと先生が話したところで、クラス全員の視線が俺に集中した。……心外だ。
「……いや、魔力に秀でている者に存分に魔法を使わせたい場合も、野外訓練場を使うのだがな」
魔法実技担当のカサヴェテス先生がそうフォローしてくれたが、クラスメイトたちは依然として疑わしげな視線を向けてくる。その中に、アスランやジュリアン、ドルシラなんていう主役組が混じってるのが納得いかん。カサヴェテス先生の言うとおりなら、魔法チートのお前らが原因だって事もある筈じゃねぇか。大体、俺は魔法なんか使った事も無いんだぞ。
「……嘘でしょう……」
信じられないって顔で俺の主張を否定したのはドルシラ・レンフォール。レンフォール公爵家の長女にして、「運命の騎士たちプレリュード」ではヒロイン・兼・悪役令嬢ポジションを務めていた。柔らかな栗色のツインドリルが目を引く、赤紫のキリリとした瞳のお嬢様だ。
斯く言う俺の髪の毛も、ごく弱いウェーブがかかった濃褐色だ。……お嬢と違って、気品の欠片も無い剛毛だけどな。
「……おいレンフォールのお嬢、何で俺が嘘を吐く理由がある?」
「入学時の鑑定で、一年生にあるまじき魔力量を叩き出したと聞きましたわよ? それ以前に、同室者を心臓麻痺に陥れたのは、あれは魔法ではありませんの?」
「……個人情報の筈の俺の鑑定結果が流布している事については、一応措いておくとして……」
ちらりとカサヴェテス先生を見ると、気不味そうに目を逸らした。
「……人間を卒倒させる魔法って、あるのか? ちなみに【威圧】スキルは持ってねぇぞ?」
逆に訊ね返してやったら、お嬢はしばし考え込んだ。
「……寡聞にして心臓麻痺、もしくはそれに類する症状を引き起こす魔法については知りませんわ。最初は闇魔法かと思ったのですけれど、状況を説明すると、父も母も心当たりが無いと言っていましたし。護衛の者に訊いてみたら、胸部に強い打撃を加えたらできなくも無いと言っていましたけれど、被害者の身体にそういった傷跡は無かったそうですわね」
電撃については一般に知られていないのか? これは案外重要な情報かもしれん。ありがとよ、お嬢。……が、それはそれとして……
「お嬢が俺の事をどういう目で見てるのか、能~く判った。しかし生憎だが、天地神明に誓って、俺は所謂『魔法』を習った事は無い!」
――色々と大っぴらにできないスキルはあるけどな。それでも、属性魔法ってやつを持っていないのは事実だ。そう断言してやったら、なぜかクラスメイトだけでなく、カサヴェテス先生まで不可解そうな顔をした。
「……重ねて個人情報を暴露するようで気が引けるのだが、今後の指導の事もあるので敢えて口に出させてもらう。――ネモ君は【魔力操作】スキルを持っているそうだが、それはどうやって身に着けたのかね? 魔法を使わずに【魔力操作】スキルが得られるとは考えにくいのだが……?」
あぁ、それなら……
「【生活魔法】だけは持っていましたからね。入学が決まって以来、それを使い倒して練習していたら、いつの間にか……得ていたようです」
危ねぇ危ねぇ。スキルが生えたって断言するところだったよ。俺は【鑑定】スキルを持ってない事になってるんだから、スキル獲得を知ったというのは不自然だよな。だが、スキルが生えた経緯については真実このとおりだ。
「【生活魔法】!?」
――なのに、カサヴェテス先生は頓狂な声を上げた。
辺りを見回せば、お嬢を始め他のクラスメートたちも怪訝そうな顔をしている。
「えーと……ネモ君? 【生活魔法】の発動には、ごく小さな魔力しか必要としない筈なんだけど?」
「あぁ。だから初心者の練習には最適だろ?」
そう言ってやると、アスラン――殿下は微妙な顔をして黙り込んだ。……俺、何かおかしな事を言ったか?
問い質そうとしたところで、訓練場に接する森から、そいつが現れた。