第三十八章 創立祭~楽日~ 6.お嬢様のお気に入り
~Side ドルシラ~
お父様に許しを得て、料理長ともども中等部の発表を見学して廻っているのですけれど……ありませんわね、ネモさんの白い雑穀の手掛かり。
植物学、博物学、風土学などの教室を廻って、先生方にもお訊ねしてみるのですけれど……
「固めの粥のように煮て食べる、白い雑穀……ですか?」
「えぇ。ご存知ありません?」
この方は中等部で本草学を教えていらっしゃる先生です。各国を廻って知見を蓄えてこられた方なので、ひょっとして何かご存知ではないかと思ったのですが……
「……お話を聴いた限りでは、かなり大粒の穀物のような気がしますが?」
「……そうですわね。小粒とは言えないと思います」
「……だとしたら、それはもはや雑穀ではないのでは?」
……あら?
……そうですわね。うっかりしていました。ネモさんが雑穀々々とおっしゃるものですから、つい……
「粒の形は綺麗に整っていたのですね?」
「はい。楕円形……いえ……楕球形、或いは細長い紡錘形というのですかしら? ともかく、そういう形をはっきりと残していました」
「それで、皮のようなものは残っていなかった?」
「ございませんでした。こぅ……何と言いますかしら……ツルンとした光沢がありましたわね」
そうお答えしましたら、先生は考え込んでしまわれました。
「……先生?」
「あぁ、失礼。……お話を聴いた限りでは、かなり実と籾が離れ易い種類のように思われます。……裸麦と言って、大麦の変種にそういう種類がありますが……それでは?」
「その――裸麦というのは、どうやって食べるんですの?」
「まぁ……要するに麦ですからな。そのままでは煮えにくいので、粉にする以外では、挽き割って粥にする事が多いようですが……」
それでは違いますわね。食べさせて戴いたものは、ちゃんとした粒の形を留めていましたし。
「その点が私にも不可解なのでして……ですが、世界のどこかには、火が通り易くて味の良い裸麦もあるかもしれませんので……」
オートミールなら私も戴いた事がありますけど、味が全然違いましたわよ?
「いえ、お嬢様。……オートミールは大麦ではなく、燕麦を使います」
……料理長から訂正が入りました。ネモさん風に言うと、「ツッコミ」っていうのでしたかしら?
「そもそも、固めの粥というものが、能く判らないのですが……」
先生が困惑してらっしゃいますけど……無理もありませんわね。あれは実際に見てみないと、イメージというものが湧きませんし。……実物を持ち帰れたらよかったんですけど……あれを残すなんて不作法な真似は、到底許されるものではありませんもの。仕方ないですわよね。
「粒の形がはっきりと残っていたのですね?」
「えぇ。はっきりと」
「……という事は……煮え易いという事なのでしょうか。……特別な調理器具を使っていたというなら別ですが……」
……あぁ……その可能性もありましたわね。
調理実習の時にも、何か珍しい鍋を持ち出してらっしゃいましたし、ソーダなどというものを使いこなしていらっしゃいましたもの。……何か珍奇な道具を駆使して料理している可能性も、無視できませんわね……
……昨日も冶金科で何かあったと聞きますし……
「そうなるとお手上げですな。実物を見ない事には、何とも……」
可能性のありそうな文献に当たってみると言って下さいましたけれど……ネモさんにお訊ねした方が早そうですわね。