第三十七章 創立祭~中日~ 5.魔道具科
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
能登半島地震で被害に遭われた方に、衷心よりお見舞い申し上げます。
~Side メイハンド教授~
もはや学園祭――創立祭と卒業祭――恒例とも言えるご婦人方の襲撃が一区切りついた時、フラリと現れたのは……ヴィク君を頭に乗せたネモだった。……相変わらずそこにいるだけで、周囲を圧する存在感を振り撒いているな。背が高いというのも一因だが……それだけが全てじゃないだろう。
ネモと気付いた生徒の一部――胆の据わった者たち――が近寄って行った。何しろネモは、蛇皮を始めとする稀少素材を惜しげも無く提供してくれている立役者だ。薬師ギルドや皮革ギルドだけでなく、魔導ギルドもネモには目を付けている。いや、我々だけではなく冒険者ギルドも、そして今や騎士団もそうなのだが……そもそも王国が手放さんだろうな。……ネモは気付いてもいないようだが。
そのネモが何を見ているのかと思えば……採暖の魔道具か。
……しまったな……これはうっかりしていた。
学生たちは暖房完備の寮に住んでいるが、一部職員のせいで退寮させられたネモが住んでいるのは、学園外の宿屋の筈だ。暖房設備などはそこまで充実しておらんだろう。その部分の補填は学園側がせねばならん。
……後で学園長には上申しておくとして……今はまずネモと話をしなくては。
「何を見ているのだね、ネモ?」
「あ、先生。……いえ、冬に向けてストーブとかが安く手に入らないかと」
……やはりか。ここはネモに話しておかねば。
「その事だがネモ、暖房費に関しては学園側から何らかの補償がなされると思う。少なくとも、この件については学園長と相談するつもりだ」
「あ……そうなんですか?」
「うむ。元はと言えば君が宿屋暮らしをしているのも、学園の一方的な都合によるものだ。家賃と食費が補助されている以上、暖房費もそこに含まれて然るべきだろう」
そう言ってやると、ネモはありがたそうな表情を浮かべた。……こっちの心が痛むくらいに。
「……それでネモ、君の住んでいる部屋の大きさと、隙間風とかの具合はどうなんだね? その辺りが判っていないと、適正なストーブを選びにくいのだが」
ネモから聞いた部屋の様子は、ごく一般的な宿のそれだった。
「女将さんがストーブを用意してくれるって言ってたんですけど、ストーブの数も足りてないようでしたから、この際自前で用意しようかと思って」
ふむ……ネモの魔力量は魔術師の平均から見ても多いようだし、普通のストーブより魔石ストーブの方が良いか。魔石なら、魔力を補給してやれば繰り返し使えるしな。
……ネモが触れると魔石が融けるなどという話を聞いた時には肝を潰したが……今はその問題も解決したようだしな。
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~Side ネモ~
メイハンド先生から暖房費に補助が出るって話を聞いた。自前で用意しようかと思ってたから、これはありがたい。先生からは魔道具のストーブを薦められた。魔石が融ける問題もクリアーされた事だし、俺の魔力なら充填も余裕だろうっておっしゃってたな。ま、確かに魔石ストーブは候補の最右翼だったし。
最初は【熱交換】を弱めに張って部屋を暖めようかと思ってたんだが……これだと室外が寒くなって怪しまれるんじゃないかと気が付いた。普通部屋を暖めてたら、暖気が漏れるもんだよな。それが逆に冷気に取り巻かれてちゃ、こりゃ怪しまれるわ。
じゃあ普通に火鉢や薪ストーブにするかと考えていたんだが……こっちは一酸化炭素中毒が怖いしな。寝ている間に中毒なんかしちゃ、目も当てられん。ヴィクが任せろと言ってくれたんだが……ヴィクまで中毒になる危険は冒せない。
で、魔石ストーブが候補に挙がったんだが……町の道具屋で見たら、結構な値段してたんだよな。中古のやつはとっくに売れちまってたよ。出遅れた俺が悪いんだが……くそ。最悪は、実家から持って来た湯湯婆で済まそうかと思ってたから、学生作の廉価品販売はありがたかった。まぁ……こっちも粗方売れてたんだが……注文生産も可能だって言ってもらったからな。決めようかと思ってたところに、メイハンド先生の助言があったわけだ。
尤も……さすがに温石は自前で用意しろと言われたけどな。携帯用の採暖具はどうなってるんだろうと思って、それとなく生徒――多分先輩だろうな――から訊き出してみたんだが……前世の日本で売ってたような、白金懐炉や使い捨て懐炉は知られていないようだった。前者はベンジンや白金触媒が手に入らないし、後者は還元状態の鉄粉を脱酸素状態で保存する方法が知られていないみたいだ。
桐灰とかを使った灰式懐炉くらいなら、あってもおかしくないと思ったんだが……
ちなみにだが、こっちの世界にも湯湯婆は普通にある。俺の実家でも使ってたしな。まぁ、金属製のネジ蓋式じゃなくて陶器製だったが。水が少ない地域だと温石が普及しているそうだが、俺の故郷だと水が得易い代わりに、温石に向いた石は採れなかったからな。
――で、話を戻すと、携行用の加温具として使えそうなのは、現状では温石くらいしか無さそうなんだよな。けど、さっきも言ったように俺の故郷じゃ温石は使ってなかったから、どういう石が向いているのかが判らない。そう零したら、後でメイハンド先生が教えてくれるそうだ。ありがたや。
就寝中の採暖は湯湯婆でいいか。前世では断熱性の高いアルミシートを使ってたけど……どうせ入手は無理だろうし、余計な事は言わないに限るな。
暖房の件が片付いた後は、適当に展示品を見て廻った。前世の台所用家電とか、ある程度は魔法で代替できてもよさそうに思えたんだが……電子レンジやIH調理器はまだしも、オーブントースターまで無いのは……ひょっとして、前扉の窓ガラスが入手困難なせいか? タイマー無しだと焼け具合とかが判らんからな。火力を調整できる魔石コンロはあったんだが。
あと、冶金科の教室の隅に置いてあった道具が、魔道具だった事が判明した。風魔法を付与した送風の魔道具だったようだ。安定した風量を送り込める一方で、細かな調節ができないので、初心者用の補助道具扱いらしい。熟練者は鞴の方を好むんだとか。う~む……鍛冶にも技術革新の波が押し寄せているのか。