第三十七章 創立祭~中日~ 3.冶金科(その1)
~Side ネモ~
〝捨てる神あれば拾う神あり〟――って感じに薬学科で歓待を受けて、少し気分が上向いた俺たちは、今度は冶金科に向かっている。
実は俺の故郷の湖沼地帯では、少しだけだが湖沼鉄が採れるんだよな。鉄鉱石としての質は良くないが、鍋釜程度の日用品なら何とかできる程度の品質と収量はあるんだよ。だもんで、俺たちの村にも鍛冶屋――野鍛冶ってやつだ――はあって、ガキどもが時々覗きに来てた。
俺は【眼力】が覚醒した後、時々湖沼鉄を見つけ出しては鍛冶屋に持ち込んで、小遣い稼ぎをしていた事がある。その縁があって、鍛冶のイロハぐらいなら教えてもらったんだよな。――逆に言えば、イロハ程度しか知らんわけだが。
ともかくそういうわけで、冶金学の授業は結構身を入れて聴いている。……何たってな、冶金学の先生、ドワーフなんだよ。二十一世紀日本で高校生だった前世を持つ者として、これは謹聴しなくちゃ駄目だろう。
そういうわけで冶金科の教室にやって来たんだが……
『ひと いっぱい いるねー』
『そうだな……』
地味な展示で閑古鳥が鳴いてるんじゃないかと思ってたが……案に相違して、結構な人集りがしている。初等部で先端素材とかは扱わない筈だがと訝っていたんだが……
『……何か、主婦層が多くないか?』
『おばさんとー おじさんもけっこう いるよー』
『どう見ても庶民層だよな……?』
『マスター どうするー?』
『……ここでこうしていても埒が明かん。迷惑にならん程度に近寄るか』
昨日の事もあったので、念を入れて前髪で目許を隠し、更に少し俯くようにしてから近寄ってみた。幸い、お客さん方は俺の事なんか気にしちゃいないようだったが……
「……台所道具?」
どうやら主婦連の目当ては、台所道具の廉価販売だったようだ。しかし、何でオープンスクールにこんなものが? 不審げに呟いた俺の声を耳にしたのか、隣にいた小母さんが振り返ったんだが……
「……女将さん?」
「おや、ネモ坊かい?」
……この年で坊や扱いは止してほしいんだが……まぁ、今の俺は十二才で、正真正銘の坊やだからしょうがないか。……そんな事よりそこにいたのは、俺が下宿させてもらっている宿屋「フクロウの巣穴亭」の女将さんだった。
「どうしてここに?」
「そりゃ勿論……あぁ、ネモ坊は新入生だから知らないんだね」
そう言って女将さんが説明してくれたのは……
「ははぁ……学生が造ったものを安く販売してるわけですか」
「そうさ。正直言ってまだまだ本職にゃ及ばないけどね。それでもそれなりの品質じゃあるし、何より値段が安いからね」
然り気無く展示品を【眼力】で【鑑定】してみると……確かに刃物の類は、やはり本職が打ったものに及ばないが、粗悪品というほど悪いわけでもない。また、鍋釜などの鋳造品は、市価よりも大分安い値が付いている。なるほど……こりゃ、奥様方が群がるわけだわ。
女将さんに話を訊くと、これはここだけの事じゃないらしい。魔道具だの手芸品だのも同じく、創立祭の期間限定で、生徒の作品がかなり低価格で売られているらしい。……知らんかったわ。
他の狩り場へ行くという女将さんと別れて、のんびりと展示品を見て廻っていたんだが……ちょっと待て、あれは……?
「すみません、これってお幾らですか?」
ダッチオーブンっぽい鋳造の鉄鍋があったが、値札が付いていないので声をかけると……
「……え? それは売りものじゃないよ? 鋳造の見本として、総鉄造りで拵えただけで……」
上級生は当惑してるようだが……これを見逃すなんてとんでもない!
「いやいや、鍋本体はともかく、蓋まで無垢の鉄だからね。重くて扱いにくいだろう?」
「蓋が鉄製で重いからこそ、役に立つんじゃありませんか」
この世界、圧力鍋ってやつは無いみたいからな。……前に【施錠】で代用しようとしたら、中の圧力が上がり過ぎて、酷い事になったからな……
不便を忍んでいたんだが……これだけ重い蓋なら、ある程度は圧力鍋の代わりが務まるだろう。蓋が鉄製だから、ここに炭火を置く事で、上下から加熱する事もできる。水蒸気が逃げにくい上に熱効率が良いから、比較的短時間で無水料理のようなものも作れる筈だ。