第五章 知られざる「生活魔法」 1.鑑定結果と魔法適性
~Side 王立魔導学園 鑑定室~
時を少し遡ってネモの能力鑑定の直後、学園側は鑑定の結果に困惑していた。
「……何かの間違いではないのか?」
「自分もそう思いまして、鑑定は三度ほどやり直しました。何れにおいても結果は同じです」
「しかし……この鑑定結果を見ると……ネモという少年は魔法を使えないにも拘わらず、【魔力操作】のスキルを持っている事になるが……?」
「【収納】スキルは持っているようですから、それではないでしょうか?」
「【収納】は比較的珍しいスキルで、その効果は魔力量に依存する。しかし、一般に言う『魔法』とは違って、然程に精密な魔力のコントロールは必要としなかった筈だ」
「……【魔力操作】だけが、突然生えてきたのでしょうか?」
「そういう可能性も絶無とは言えんが……少なくとも管見の及ぶ限りでは、そういう例は無かったと思う」
「【生活魔法】が原因では?」
「あれはそもそも必要な魔力量が著しく少ない。コントロールの必要など無いだろう」
「ですよねぇ……」
「あの……例えばですが……【収納】の使い方が解らずに、試行錯誤したために生じたという事は……」
「……あり得んとは言わんが……そうすると、まともに使うどころか発動する事もできん段階で、【収納】の練習を始めたという事にならんか? 自分が【収納】スキルを持っている事を、彼はどうやって知ったというんだ? 【鑑定】は持っていない事になっているが?」
「……村の鑑定水晶で……」
「忘れたのか? 村での鑑定では【生活魔法】と【調理】を除いて、魔力絡みのスキルは何一つ表示されなかった。ただ、魔力波動がユニークスキル持ちの可能性を暗示していただけだ」
「……その後に改めて鑑定を受けたのでしょうか?」
「……どうにも不明な点が多過ぎる。『魔法学基礎』での適性調査の結果を待つしか無いな」
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~Side ネモ~
学園での授業が始まってから三日目、今日から待ちに待った魔法学基礎の授業が始まる。これまでにも幾つか魔導学園ならではの授業はあったけど、今一つ魔法って感じじゃなかったんだよな。
錬金術基礎は、少なくとも最初のうちは化学の基礎って感じの座学だったし、魔道具作製は……これも最初のうちは様々な加工技術の基礎を学ぶとかで、次の時間からは裁縫と刺繍をやるんだそうだ。……確かに、魔道具を作るのには革細工とか彫刻とかの技術も必要になるし、駆け出しに外注なんて贅沢はできないから自分でやるしか無いのも解るが……イメージとは大きく違ったな。尤も、魔力総量が伸びずに魔術師になれなくても魔道具職人としてやっていけるという事で、この科目は毎年大人気なんだそうだ。……そう言われると、俺も真剣に受けた方が良いような気がする。幸い器用値は高めだし。
魔術史は魔法関連の歴史だし、冶金学も当分は鉱物学の座学って感じだった。ミスリルとかオリハルコンとか、前世には無かった金属が出てきて楽しめたけどな。
まぁ要するに、今日こそ魔法らしい魔法の授業という事で、弥が上にも期待は高まっていたわけだ。
そんな「魔法学基礎」の最初の授業は、各自の魔法適性を調べてみましょうってやつだった。ちなみに担当はエマ・ポールトン先生。ちょっとお年を召した女の先生で、みんなからは「エマ先生」と呼ばれている。温厚で生徒思いの先生とかで、生徒からの人気も高いらしい。
で、その魔法適性の検査だが、生徒に簡単な魔法を使わせてみて、どれが上手くできたかで判断するようだ。
能力鑑定の時にも思ったんだが、こっちの世界の【鑑定】って、各自の属性とか適性とかまでは判らないのな。前世に読んだラノベとかだと、不遇属性を得た主人公の成り上がりなんてのは定番だったんだが。鑑定の時にそれとなく係員の人に聞いてみたら、先天的に属性が決まっているなんて事は無いらしく、成長に伴って適性が変化する事もあるらしい。……迂闊な事を口走らなくてよかったぜ。さすがに現実はラノベやゲームと違うもんだ。
貴族とかだと早い時期に魔法適性を調べたりもするみたいだが、俺みたいに平民出身者だと、魔法なんて習った事も無い者が多いらしい。初めて魔法を使うってやつも多いから、皆カチコチに緊張してる。勿論俺も。
初心者は魔力の加減が上手くできないだろうからって、安定器だか安全装置だか、そういうものを間に噛ませるみたいだな。多分暴発を防ぐためだろうと思っていたら案の定、力加減が判らなくてトラブルを起こす事が多いんだそうだ。俺は【魔力操作】を持ってるから、そんな心配は無いんだけどな。
……そう先生に言ってやったら妙な顔をされた。子供の自己申告なんか当てにならないと思われたのかな?
で、肝心の俺の適性はと言えば、どの属性の魔法も得手不得手無く発動したんだが……魔法なんて使った事が無かったから、俺も自分の適性なんて知らなかったよ。
こりゃ拙いかと思ったんだが、全属性持ちはそれほど珍しいわけでもないらしい。……生徒たちは騒いでいたけどな。ただ、器用貧乏になり易いから、どの魔法を重点的に伸ばすのかは考えた方が良いとアドバイスされた。
魔法の実習は来週になる。今から楽しみだ。
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~Side 学園長~
「全属性持ち? ……ネモ君がかね? ポールトン教授」
「はい」
「……過去のユニークスキル持ちに全属性というのは……」
「いません。私も気になったので調べてみましたから」
「ユニークスキルというのは、大概が何かに特化したスキルだと思っていたんじゃが……何と言うか……この少年については、色々と予想外の事が多いのぅ」
「もう一つ。彼は自分が【魔力操作】持ちである事を、薄々気付いていたようです。それも、話した時の印象では、学園での再鑑定以前から気付いていたように思えました」
「ふむ……【魔力操作】というスキルを持っている事は知らなかったが、魔力の扱いには慣れていた……そういう事になるのかの……?」
「どうでしょうか……。ただ、念のために来週の『魔法実技』は、野外訓練場を使用した方がいいかもしれません」
「ふむ……噂のアスラン殿下やジュリアン殿下の実力も知っておきたいし……その方がいいかもしれんな。……カサヴェテス先生とも相談してみんといかんが……よろしい、そのように手配しておこう」