第三十七章 創立祭~中日~ 2.薬学科
~Side ネモ~
「いやぁネモ君、話は教授から聞いてるよ。よく来てくれた」
「デクスター先生、この子がそうなんですか?」
「そのとおり、払底気味だった素材を安定供給してくれた、薬師ギルドの恩人だそうだ」
「かわい~ スライム乗せてる~」
「え、えぇと……はぁ……」
従魔術科から出禁を喰らった俺たちだが……ここ薬学科では打って変わって歓迎されている。……女生徒も多くて正直落ち着かないんだが……どうなってんだ?
「あぁ、名告りもせずに失礼したね。僕は薬学科の助手でデクスター、ネモ君の事はマーディン先生から聞いているよ」
「あ、こちらこそ挨拶もせずに失礼しました。ネモです。頭の上のこいつはヴィク、俺の相棒です」
『よろしくー』
「あ、ヴィクも宜しくと言ってます」
「これはこれは……こちらこそ宜しく」
遅蒔きながらも挨拶を交わしたところで、この状況に至った理由を説明してもらった。それによると、この歓待の原因は、俺がギルドに卸した蛇素材にあるらしい。
「……重要な薬ではあるが、素材不足で実習できなかった調合とかが結構あったんだよ。それが、ここへきて一気に事態が改善されたわけだからね。一度でも体験しておくとおかないとじゃ、雲泥の差だから」
「はぁ……」
「学園の薬学科だけじゃない、ネモ君には王都の薬師全員が感謝してるんだよ」
「は……はぁ……」
……正直な話、そこまで大した事をした自覚は無いんだがな。皮とか骨とか毒牙とか、今まで持て余していたものを処分しただけで。
「ネモ君のお蔭で、今まで助からなかった患者が何人も助かってるからね」
……え? そこまでの事になってんのか?
「あぁ大丈夫、ネモ君に迷惑がかからないようにと、ギルドは提供者の素性に関しては、徹底的な緘黙令を布いているからね。薬学科は同じ学園だから特例なだけで。そこは生徒たちも解ってるから、心配は無用だよ」
「はぁ……」
……思ってたより大事になってんな……まぁ、薬師ギルドがこっちに付いてくれてるのは有り難い。
とは言え……
『マスター あのこたち なにしてるのー?』
『さぁな……』
ここ薬学科は庶民出身者も多く、女子の割合も高いんだが……上級生の先輩方が俺たちの周りを取り囲むようにして、ヒソヒソと囁き合ってるんだよな。悪口を言われてるようでもないんだが……?
「興味はあれども度胸は無し――というところかな」
「あ、マーディン先生」
微妙な空気の中、時の氏神よろしく現れたのは、薬学科教授のマーディン先生だった。それを潮にデクスターさんは席を立って、見学者の相手に廻った。生徒だけに客の相手をさせるのも何だしな。
「事情はデクスターから説明されたと思うが、要はそういうわけだ」
いや――どういうわけなんですか?
「身も蓋も無く言ってしまえば、薬師ギルドを上げてネモの囲い込みを図っているわけだよ。今やネモはギルドにとって最重要人物だからね」
――俺がVIP扱い!?
「驚く事は無いだろう。久しく入手できず幻となっていた素材のあれこれを、一気に提供してくれているんだ。ギルドでなくても気にするさ。ここ数年で一番の有望株という事で、女生徒たちも興味津々というわけだ。……まだ少し腰が引けてるようだがね」
……驚くと言うより、呆れてものが言えんわ。たかが蛇の素材だけで、そんな事になってんのかよ。……そのうち冒険者たちも蛇を狩るようになるだろうから、すぐにバブルが弾けるんじゃねぇのか?
「冒険者ギルドの方では、今後数年から十数年は、ネモの独占が続くと見ているようだがね。それに、薬師ギルドが気にしているのはそれだけじゃない」
――俺の方はコロリと忘れていたんだが、夏休み前にマーディン先生に教えた子供向けの調合、あれが結構好評らしい。薬効成分を抽出する時に、あそこまで温度に注意する事は少ないんだそうだ。大抵の薬師は薬効成分を余さず抽出する事だけ考えて、苦味成分が溶け出してくる事など気にしなかったんだと。
俺が教えた低温抽出だと、確かに薬効成分は一部無駄になるが、苦味成分が混入しないためにぐっと飲み易い。子供が嫌がらずに飲んでくれるのがいいらしい。
「結構緻密な温度管理が必要になるのでね。当面はギルドの機密扱いにして稼ぐつもりらしい。……ネモも他言は無用に頼むよ?」
「……解りました」