第三十六章 創立祭~初日~ 4.ピックポケット・ハンティング
~Side ネモ~
多少納得できない部分もあったが、ともあれ俺とヴィクはコソ泥退治に出向く事にした。
『マスター? すりってなにー?』
あぁ……ヴィクは掏摸の事なんか知らんわな。
『掏摸っていうのはな……例えば混雑に紛れるとかして、気取られないように人様の懐に手を突っ込んで、財布やなんかを盗み取る小悪党の事だな』
『ふーん……あぁいうのー?』
ヴィクが指し示した方向を見ると……まさにドンピシャ、掏摸が丁度懐に手を突っ込んでいるところだった。
『【施錠】』
駄目元で咄嗟に【施錠】を放ってみたんだが……結構な距離があったにも拘わらず、【施錠】はきっちり発動したみたいだった。
(「――!?」)
おぉ……手を懐に突っ込んだままの掏摸が硬直してる。……そういや前にもこんな事があったな。【眼力】には射程距離延伸の効果もあったんだっけ。
……前世と違って、良い仕事をしてくれるよなぁ、俺の【眼力】。
「――な、何だ!?」
「あっ! コイツ、巾着切りだ!」
「たかまち師か!」
「ふてぇ野郎だ! 畳んじまえ!」
おぉ……寄って集ってボコボコにされてるわ。あのまま警備員の詰め所に連行されるんだろうが……ま、未熟な腕で身に余る稼ぎを狙ったのが、心得違いと諦めるんだな。おっと、バレないように【解錠】しといて、と。
『マスター これ たのしいねー』
『あぁ……そうだな』
ヴィクはゲーム感覚みたいだが……確かにゲームと言えない事も無いか。人混みの中から掏摸を捜し出して、遠間から【施錠】で固定するだけ。後は周りの皆さんにお任せして……いや、こりゃあ楽だわ。
何より俺が直に出向く必要が無いっていうのが好いな。学園に仇なす不届き者を狩る事に吝かじゃないが、これ以上目立つのは勘弁してほしいってのが正直なところだ。これなら何も問題は無い。
『よーし、この調子でドンドン狩ってくぞ』
『おー』
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~Side バイロン警備主任~
「……またか?」
「あ、はい。掏摸に失敗して取り押さえられたようです」
「……解った。そいつは警備隊のところへ連行して、調書の写しはそこへ置いといてくれ」
「は!」
……さっきから、掏摸に失敗して捕らえられたやつらが大勢連行されてくるんだが……どう考えてもこの数は異常だ。……いや、掏摸の数がというんじゃなくて、失敗して捕まる人数が――な。
この学園に奉職して以来、学園祭の警備も何度も経験しているが……それにしてもこの数は異常だ。いや……異常なのは人数だけじゃない。
「……懐に手を突っ込んだところで、金縛りに遭ったように手が動かなくなった――か」
捕まった連中は、口を揃えてそう供述している。神罰が当たったんだと怯えるやつも少なくない。……王家や教会なら、これを神罰として大々的に喧伝しそうだが……
「……気になるのはこっちの供述だな」
犯行現場に居合わせた者たちからの証言を調べると、面白い共通点が浮かんでくる。
「……背の高い、妙に威圧感のある若い男――か。……頭にスライムを乗せていたとあるから、これはもう確定だな」
現場付近には必ずと言ってよいほど、あの少年の姿があった。何れも距離が離れていたため無関係とみられているが……これだけの事例に共通していれば、気付く者がいてもおかしくないな。
「……この件は俺の方から先生方に報告しておく。お前らは忘れろ」
「承知しております!」
……あぁそうか、こいつも合宿には参加していたんだったな。彼の異常性については承知の上か。
「……助かる。少しここを任せていいか? 俺は学園長に会ってくる」
「解りました!」