第三十六章 創立祭~初日~ 2.参観者たち
~Side ネモ~
中間試験をどうにか乗り切った翌週、生徒たちが――俺もだが――待ちに待った創立祭の開幕だ。
魔導学園は初等部・中等部・高等部に分かれているが、それぞれは概ね中学・高校・大学に相当すると思えばいい。俺たちがいるのは初等部だが、ここは三年制じゃなくて四年制だとか、少し違いはあるけどな。
で、そんな魔導学園の全てを一度に公開すると混乱の収拾がつかなくなるので、三日間に分けて公開するようになっている。ただし、高等部では色々と機密に関わる研究なども為されているので、一般公開は無しという事になっている。
肝心のスケジュールだが、初日は記念式典とオフィシャルな学科紹介。ま、これは学外者向けの催しだな。俺たちのお楽しみは二日目以降で、二日目が初等部、三日目が中等部の一般公開となっている。……公開と言っても、前世日本で言うところの文化祭とか学園祭のようなもんだけどな。
俺たち一年生は発表とかは無しで、創立祭がどういうものかを体験する事になっている。本格的な参加や発表は二年生と三年生。ちなみに四年生は、卒業祭――と卒業――の準備とかで、それどころではないらしい。
(「……いや……ネモは来年以降も参加免除だろ?」)
(「免除というより禁止だろうな」)
(「さすがに蛇料理講座なんて、何度もさせてもらえないわよね」)
……後の方で勝手な事を言いやがって……。勝手に俺の予定を決めるんじゃねぇよ。誰が好き好んで面倒な仕事を抱え込むかってんだ。
……来年以降の事は措いといて、当座の問題は今年の事だ。
ゲームでは創立祭絡みのイベントも色々あったが、それらは何れも主役たちの身の上に起こっていたからな。好感度を上げる系のやつ。確か初日は、面倒な二年生キャラと接触するルートがあった筈だ。
しかぁし! 創立祭は学外者の園内立ち入りが許される数少ない機会という事で、生徒の家族が学園を訪れ、一緒に行動するのが慣例となっている!
……俺の家族は遠過ぎて来れないけどな……
……要するに俺が言いたいのは――今回ジュリアンとアスランたちは王家と行動を共にしており、お嬢は実家の公爵家と一緒に動く事になっているって事だ。
つまりどういう事かと言うと……俺はトラブルの素とは別行動! やつらと離れて動いてさえいれば、一モブの俺がイベントに巻き込まれる事は無いだろ。君子危うきに近寄らず――ってな。
『マスター どこいくのー?』
『そうだな……折角だし、学外者向けの学校案内ってやつでも覗いてみるか』
軽い気持ちで会場へ向かっていた俺だが、直ぐにある事に気付く羽目になった。
――俺が進む周りだけ、潮が引くように人がいなくなるんだよ。……ったく、モーセの出エジプトの場面じゃないってのに……
『みんな にげちゃうねー』
『そうだな……』
……ヴィクに悪気が無いのは解ってるが……改めてハッキリ言われると地味に堪えるな……
……仕方ねぇ。学園生としては、参観者に迷惑をかけるわけにもいかんし、見学するのは諦めよう。見学の機会は今後もあるだろうし……
……しかし参ったな。明日以降もこんな調子だと……いや……明日と明後日の本命は、各学科の学生が行う展示と即売会だ。学生なら俺の事も少しは解ってるだろうし、即売会で客が消えてくれるんなら、競争相手がいなくなるって事だ。……そう考えると、悪い事ばかりじゃねぇか……
『マスター?』
『あぁ……そうだな。ちょいと外をぶらついて、何も無けりゃ帰るとするか』
『わかったー』
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~Side ???~
思わずクスリと漏らした笑い声を聞かれたのだろうか。
「どうかしたのかい?」
そう訊かれてしまった。
「あら、いいえ。何でもありませんわ」
「そう? 何か愉しそうだったけど?」
愉しい……そうだろうか? ……そうかもしれない。
何気無く窓から外を眺めていたら、参観者たちがおかしな動きをしているのに気が付いた。
まるで何かを避けるように、何かから逃げているように、人混みが二つに割れていく。かと言って恐慌や混乱に陥っているわけではなく、怯えと畏敬が混じったような……そんな反応を示している。
その原因が噂の一年生だという事はすぐに判った。
自分が引き起こした反応が不本意だったのか、憮然と踵を返す様子が哀愁を纏っている。とても十二歳の少年とは思えない。
「また笑ってるね。余程に面白いものでもあったのかい?」
「あら、いいえ……ただ……今年は面白くなりそうな、そんな予感がしましたの」
「へぇ……学年きっての才媛の予感となると、これは徒や疎かにはできないな」
……そう。今年は何かが変わりそうな気がする。……あの少年が何か、変えてくれそうな気がする。