第三十六章 創立祭~初日~ 1.前段
~Side ネモ~
「創立祭?」
二学期の中間試験を控えたその日エリックのやつが口に出したのは、試験の翌週に行なわれるという学園祭の事だった。いや、楽しみなのは解るがエリックよ、今はその前の試験の事に傾注した方が良いんじゃないか?
「ま、まぁ、目標は必要だろ? 苦行の後にお楽しみが待ってると思えば……」
「そっちに気を取られて試験勉強に身が入らない――って事にならなきゃな」
「だ、大丈夫だ、多分……」
「一学期と同じ科目で赤点を取ったら、冬休みに補習が待ってるんじゃなかったか?」
「う……」
赤点一回で即補習――とならないだけ温情があるよな、この学校。というのも、Aクラスだから無条件に優秀ってわけじゃなくて、どうしても苦手科目ってのは出るらしい。科目数も多いし、引っかけ問題も結構あったしな。試験慣れしてないやつらにゃ、少しきつかったかもしれん。その辺りを考慮しての措置なんだろう。ま、俺は赤点なんて取ってないから関係無いけどな。伊達に前世でテスト社会を生き抜いてきたわけじゃねぇ。これでも一応は進学校で上位にいたんだからな……教師を脅したわけじゃないぞ。
「しかし……学園祭に三日間も費やすのかよ。太っ腹だな、この学校も」
「あぁネモ、少し誤解がある」
何気無くそう呟いたら、コンラートのやつから突っ込みが入った。
「ん? 何か違ってたか?」
「あぁ。まず、『学園祭』ではなくて『創立祭』だ。十月の創立祭と三月の卒業祭が対をなしている。謂わば、学園祭が年に二回あるわけだな」
ほぉ……それは知らなかった。
「学園案内に書いてありますわよ?」
……んなもん一々目を通すかよ。通したところで憶えちゃおらんわ。
「第二に、創立祭と卒業祭がそれぞれ三日間あるのは、国の方針に拠るものだ。国民に娯楽の機会を与えるという計らいだな」
「へぇ……中々粋な計らいじゃねぇか」
娯楽の少ないこの国の民衆に祭りの機会を提供してやろうと、時の王様が決めたらしい。一部の貴族からは反対の声も上がったようだが、それを押し切って法案を通したそうだ。きっと名君だったんだろうな、うん。
「ちなみに言っておくと、騎士学園も同じ日に創立されたから、創立祭も卒業祭も同じ日に開催される」
「そりゃ少し残念だな。前後にずらしておけば、祭りの期間が延びるか増えるかしただろうに」
「何でも創立時に、どちらが先に開園するかで意見が纏まらなかったらしい」
「あぁ……ありそうな話だな」
「そんな経緯で今に至るんだが、両学園は毎年訪問客の数を競っているらしいな」
「……三日間もあるんだから、客は両方に行くだけじゃねぇのか?」
「実情はそうらしいが、それでも相手校に引けを取るわけにはいかないとかで、展示や即売に気合いが入っているそうだ」
「そりゃ……客は大喜びだろう」
学園同士は真面目に力んでるのかしらんが、端から見れば面白い見物でしかないだろうからな。
――そんな事を考えていた俺に、ジュリアンのやつが声をかけてきた。
「ところでネモ君……その……創立祭だけど……」
「何だ? 何か言いたい事があんのか? フォース」
「いや……その……騎士学園の創立祭をだね、見に行く予定はあるのかな?」
……また妙な事を言い出しやがったな。創立祭ってのは学校行事だろうが。幾ら騎士学園でも創立祭をやってるからって、勝手に見に行っていいもんなのか?
俺の疑問に答えてくれたのはコンラートだった。
「あぁ、基本的にはネモの言うとおりなんだが、学園の場合は例外なんだ。学園間の交流の好い機会という事で、魔導学園の生徒は騎士学園を、騎士学園は魔導学園を、訪問する事は認められている」
「ほぉ……ご立派な意見だが……実際に見物に行くやつらはどれくらいいるんだ?」
魔導学園と騎士学園が張り合ってるって話は知ってたからな。はたして敵地に乗り込むようなやつらがどれくらいいるのか訊いたんだが――
「……残念ながら、ほとんどいない。行ったら行ったで、敵意の籠もった視線に出迎えられるそうだ」
ほらな。大方そんな事だろうと思ったぜ。
「……で、フォースよ。何で俺がそんな騎士学園に行くだなんて思ったんだ? 俺を誘き出せとでも言われたのか?」
冗談半分にそう訊いてみたら……
「じ、実は……ローランド兄がネモ君に会いたいと言って……」
……マジかよ。ローランドってなぁ誰なんだ。
「ローランド殿下はこの国の第三王子だ。ジュリアン殿下とは腹違いでいらっしゃる」
「サードってわけか……。その兄君とやらが騎士学園にいるって事なんだろうが、何で俺に会いたがる?」
「じ、実は、武闘会の時の道場対抗戦を観戦していて、それで……ネモ君に興味を持ったらしくて……」
……あ、あの時王族の天覧があったとか言ってたやつか。……冗談じゃねぇ。騎士学園に在籍中の王族から、対抗戦の件で騎士学園に呼び出されるなんて……面倒事のフラグでしかねぇだろうが。
「……おいフォース……お前、俺に騎士学園にカチ込みに行けってのか?」
「い、いや……そういうつもりじゃ……」
「そっちがどういうつもりなのかしらんが、結果的に高い確率でそうなるだろうが。妙な言い掛かりをつけられて、黙って殴られてやるほど俺は聖人君子じゃねぇし、学園としても舐められるわけにゃいかんのだろうが」
「だったら行く気は……」
「断じて断る。兄貴とやらにもそう言っておけ。……学園上げての果たし合いっていうんなら、受けてやってもいいってな」
そう言ってやると、ジュリアンのやつはほっとしたような表情を浮かべた。ひょっとして、俺が行くって言ったら止めるつもりだったのか?
……コンラートの方は、果たし合い云々のところで、ギョッとしたような表情を浮かべていたけどな。
「けどなフォース、俺が向こうに行かなくても、向こうがカチ込んでくるのは防げんぞ?」
――そう言ってやったんだが、
「あぁ、それは無いよ。仮にも騎士学園の生徒が魔導学園に殴り込んだりしたら、大問題になるからね」
「……だったら、俺が騎士学園に殴り込むのも、同じく大問題の筈だよな?」
「うん。だから一応注意しておこうと思って」
……だったら、思わせぶりな言い方なんかせずに、単刀直入に言えってんだ。