第三十五章 美食の報酬 3.口止め料理~実食~
~Side ドルシラ~
幸運にもネモさんの首根っこを押さえ……いえ……ご実家からの荷物を受け取った現場に居合わせる事ができて、本当に幸運でしたわね。きっとこれは神様の思し召しに違いありません。
ネモさんにあれだけの量が届けられたのですから、ご実家での試験栽培とやらも、そろそろ軌道に乗った頃合いではありませんかしら。……種や苗の融通となると、まだ色々問題がありそうですけど……時々ご相伴に与るくらいなら、ちょっとだけ我が儘を言っても許されますわよね?
「……これが今回のお料理ですの?」
口止め料――私が要求したのではありませんことよ? えぇ、本当に――だと言って、今回ネモさんがご馳走して下さるのは……これは……?
「前にも戴いた……お米……でしたかしら? ……あれに……お魚が混ぜ込んでありますの?」
「あぁ。炊き込みご飯ってやつだ。お嬢は食べた事無かったよな?」
「ございませんわね……こういう形式のお料理は初めてですわ」
「ん? 挽き割り麦の粥とかは? こういう風にしては食わんのか?」
……ネモさんはご存じないんですの?
「大抵は病気の時とかに戴きますもの。お肉なんか入りませんわ」
「あぁ、牛乳とか砂糖とかかけて食べるんだっけか」
牛乳にお砂糖……どこのお大尽ですの?
「……ネモさんのところでは、そうやって食べますの?」
「いや、ウチみたいな平民に、そんな贅沢はできんしな。……それよりお嬢、折角用意したんだから、冷めないうちに食ってくれよ?」
「あら……申し訳ございません」
……力業で話題を変えられたみたいですけれど……早く戴きたいのも本当です。ご相伴に与りますわね。
「……何ですの……これは……」
……思わず声に出てしまいました。
これって、ただ魚の身を混ぜ込んだだけじゃありませんわよね? ご飯自体に、うっすらとですけど確かなお味が滲み込んでますもの。……お魚のお味とは違いますわね。何かこぅ……上手くは言い表せませんけど……甘いとか辛いとかではなくて……旨味そのものを付け加えたような……これって……?
「お嬢、さっさと食わんと冷めちまうぞ?」
「あ、あら……申し訳ございません」
つい味わうのが疎かになってしまいましたけど……この……旨味――のようなもの――って……以前戴いたお料理にも含まれていましたわね。……肉とかの具に旨味があるわけではない……いえ……ご飯に旨味だけを移す事ができるという事ですかしら?
相変わらずネモさんのお料理は奥が深いですわね。料理長が発奮するわけですわ。
「こちらは……ラディですの? それに……未熟なピスですかしら?」
「あぁ。大根擬きは丁度走りのものが手に入ったんでな。インゲン擬きの方は盛りの時期に買って【収納】しといたやつだ」
……相変わらず【収納】を好き放題に使っておいでですこと。料理長が聞いたら悔し涙を流しそうですわね……
「ネモさんにしては珍しいですわね。いつもなら旬のものをお使いではありませんこと?」
「ま、そうなんだが……こいつは俺が個人的に好物なんでな。ちょいとばかりズルをさせてもらったわけだ」
「あら、ネモさん取って置きの好物を分けて戴けましたの。でしたら、心して味わわなければいけませんわね」
……こちらもですわね。ご飯と同じ旨味……隠し味が施してありますわ。……けれど、そのせいでご飯との相性がよろしいですわね。……あぁ……隠し味って、こういう風にも使えますのね……
味の方も……えぇ、素敵なお味が能く滲み込んで軟らかく……
……はっ……いけません。思わず魂が抜かれるところでした。……ネモさんのお料理は危険ですわね。……いえ……美味しいのは大層美味しいんですけれど……
気を取り直して……
「……これは何ですの?」
白っぽくてプルプルしていますわね。真ん中の辺りは色が違っていて……これは……その下の何かが透けているのですかしら。少量のスープがかけられていますけど……
「あぁ、公爵家のお嬢に見窄らしいものばかり食わせるのもアレなんでな。良い卵が手に入ったんで、温泉卵にしてみた」
……ネモさんのお料理を〝見窄らしい〟と言ってしまうと、貴族が普段食しているのは何かという話になるのですけれど……いえ……今はそこではなくて……
「温泉卵?」
……初めて聞くお料理ですわね。……このスープって、温泉のお湯なんですかしら?
「あぁ。お嬢は温泉は知ってるよな? そこで食べた事無かったか?」
「温泉なら家族で湯治に出かけた事が何度かありますけど……このようなものは見かけた事はありませんわね」
「そうか? まぁ、それはそれとしてだ。卵や野菜を温泉で茹でたり、あるいは蒸気で蒸したりして食べるところがある……って話だ。要は茹で加減だから、茹で時間と温度を工夫してやれば、似たようなものは作れるんだよ」
とにかく食べてみろとおっしゃいますので、少し怖々と戴いたんですけれど……何ですの!? これ。……卵ですの!?
「ちょっと面白い味わいだろ?」
食感は生茹での茹で卵……というのが近いですかしら。……いえ……そういうのを食した事はありませんけど……
トロリと流れ出る黄身の味と、プルプルした白身の食感が面白い上に、それらがこのスープの味と合わさって……何とも表現のできない味わいです。
……これは是非とも……
「……ネモさん。この、温泉卵のレシピですけれど……」
「あぁ、心覚えを書いといた。コツさえ掴めばお嬢にだって作れるぞ」
「……いつもながら、お心遣いありがとうございますわ」
ネモさんにはこれまでもレシピを幾つか戴いてますし……当家の借りが大きくなるばかりですわね。