第三十五章 美食の報酬 2.口止め料理~メニューの検討~
~Side ネモ~
あれやこれやの駆け引きについては省略するが、結局のところは他のクラスメートに知られないよう、お嬢に口止め料を支払う羽目になった。……口止め料と言っても料理だけどな。お嬢が執心していた新米を馳走する事で話がついたんだが……どうしたもんだろうな、これ。
下手に美味くないものを食わせると、その腹いせに新米の事を触れて廻る……ようなお嬢じゃないとは思うが、念を入れるに越した事は無い。それに第一、折角の新米なんだから、口止めのためであっても美味しく食べてほしいからな。そうなると……
飯が進むと言うなら唐揚げか? ……いや駄目だ。揚げ物系の調理法は、まだこの国では知られてないっぽい……少なくとも一般的ではないらしいからな。実家でも食い付きが凄かったし……危険だな。
折良く醤油も送られてきた事だし、焼きむすびは……駄目だ。醤油はまだ試作品だし、ゼハン祖父ちゃんの準備が整う前にバラすわけにはいかん。醤油が口に合ったらお嬢の事だ、寄越せと言い出すに決まっている。口に合わなかったらそもそも口止めが失敗って事だ。どっちに転んでも拙くなる未来しか見えん。却下だな。
いや待て……醤油の代わりに、実家から送ってきた魚醤を使うのは……大分改善したとは言え、まだ少し臭みがあるからなぁ。ここ一番って場面で使うのは止めておくか。
炊き込みご飯はどうだ? イワシっぽい小魚を使ったやつ。頭と内臓を落としたものを炊きかけの飯に突っ込んで、炊き上がった後に尻尾を引っ張ると、骨だけが抜けて身は飯の中に残るという……夏目漱石の「我が輩○猫である」に出てくる蛇飯みたいな作り方なんだよな。前世で蛇飯の話を読んだ時には眉唾だと思っていたんだが、その後でこのイワシ飯の話を読んだ時には、ひょっとして蛇飯も実話なのかと驚いたもんだ。ネモとして転生したのを機に、蛇飯を試そうかとも思ったんだが……原作どおり薬罐頭や近眼になったりしたら嫌だから、結局試してないんだよな。……お嬢で実験するってわけにもいかんし。それに原作の方法だと、生きた蛇どもを丸まま投げ込むようになってるしなぁ。
……大人しくイワシ飯にしとくにしても、肝心の新鮮な小魚が、王都じゃ手に入らない。塩鮭擬きを使った炊き込みご飯って事になるか。一応候補には残しておこう。
あ、角煮はどうだ? スラストボアあたりの肉を使って。醤油は……こっちなら魚醤でも大丈夫だろ。うん、これなら箸も進むだろ……あ……いかん。角煮もラフテーも東坡肉も、全部砂糖を使うんだった。……ジャムの時から疑いを持たれてる節があるしなぁ……砂糖を使うレシピなんか、止めといた方が無難か。
天津飯はどうだ? 上にかけるカニ玉は、カニの代わりに富士壷や亀の手を使って……う~ん……あいつらはどっちかと言うと汁物の方が向いてるしなぁ。それにこっちの世界だと、卵も結構な値段がするし……これもお蔵入りか?
あとは……あ、中華粥っていう手もありか。あれなら具材を適当に選べばボロは出ないだろうし。……具材によっては中華粥より七草粥って感じになりそうだが、当たり障りが無いと言えば無いか。ただ……これって別に、新米を味わうための料理じゃないよなぁ……。その点で言えば炒飯も同じか……
「……出揃った中から消去法で……塩鮭擬きの炊き込みご飯って事になるか?」
そうすると……折角の新米を味わってもらうんだから、鮭擬きの身は控えめにするか。……それだとお供が必要だな。炊き込みご飯と合わせて相性の好さそうなおかずは……
ふむ……少し時期遅れだが、新ジャガとサヤエンドウ――どちらも擬き――の煮付けにするか? ケンプで出汁を取って、薄めにした魚醤で味を調えればいいだろう。……ジャガイモとサヤエンドウの代わりに、出廻り始めた大根擬きを使う手もあるな。
茶碗蒸しとか蕪蒸しって手もあるが……ちょいとばかり手が込み過ぎてるか。子供の思い付きでできるような料理じゃないしな。疑われても面倒だ。
――この辺りが落としどころかな?
【参考文献】
・夏目漱石「吾輩は猫である」
・小泉武夫「食に知恵あり」