第三十五章 美食の報酬 1.届けられた荷
~Side ネモ~
思えば夏休み明け早々に、お嬢が米の収穫を訊ねてきたその時に気付くべきだった。――お嬢が新米に固執している事に。
それにさえ気付いていれば、言質を取られるような不覚はとらなかったかもしれないってのに……
十月に入ってから二回目の闇の日――日本風に言えば土曜日――の事だった。
「いやお嬢、そもそもその話としてだ……たかが庶民が新米を、態々都まで送る事なんて無いからな?」
「そうなんですの!?」
以前に穫れ立ての新米の美味さを吹聴したのがいけなかったか。今年は自分も新米のお零れに与れる――と期待してたみたいだが……
「冬は俺も帰省せんからな。来春に帰省した時にでも少し貰ってきてやるから、新米についちゃ諦めろ」
「……そうですわね……ご迷惑をおかけしました……」
魂が抜けたように悄然と立ち竦んでいるお嬢を見て、妙な仏心を出したのが良くなかったのか。
「ま、機会があればご馳走してやるから、その時が来るのを楽しみにしてろ」
「……ありがとうございます……」
しょんぼりと立ち去るお嬢を見送ったのがフラグだったのか……週明け早々、俺はアーウィン先生の通告に驚かされる事になった。
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「あぁネモ、実家から荷物が届いてるそうだから、学務に行って受け取ってくるように。何でも結構な量があるそうだから、できるだけ急いでな」
「はぃ? ……あ、はい。解りました」
いきなり妙な事を言われて困惑したが、とりあえず行ってみれば判るだろうと、俺は学務に急ぐ事にした。
……この時の俺は、先週末に交わした会話の事など、綺麗さっぱり忘れていた。
「あぁネモ君、ご実家から荷物が届いてるわよ」
「えぇ、そう伺ったんで出頭しましたが……荷物は?」
「ここは狭いから、厩務室に置いてあるのよ。あそこなら充分な広さがあるから」
……狭い? 広さ? ……何の事だ?
「でも、できるだけ早く受け取りに行ってね?」
「はぁ……解りました」
狐に抓まれたような思いで厩務室に行った俺を待ち受けていたのは……
「……叺? それに木箱?」
穀物などを入れる藁で編んだ大きめの袋――即ち叺――が二つ。それに、差し渡し八十センチを少し切るくらいの、頑丈そうな木箱が一つ。蓋が赤く塗られてるのは、確か天地無用って事だよな。
確かに……こんなもんが置いてあったら、仕事の邪魔になるのは解る。学務室もあれこれ荷物が置かれてて、中は結構狭いからな。
木箱はゼハン祖父ちゃんの商会からか。中身は……あぁ、【眼力】で透視して鑑定して判った。エバ祖母ちゃんが後で送るって言ってた、味噌と醤油の試作品だ。小分けしたらしい魚醤の甕も入ってるけど……これは実家からだろうな。割れないようにしっかり詰め物をして箱詰めにしたから、こんなに嵩張ってるわけか。
叺の方は実家からか。一体何を……待て……これって、稲藁だよな? ……って事は……新米か? ……態々送ってくれたのか。家族の情けが身に沁みるぜ。
けど……何でまた学園宛てに? ……ひょっとしてあれか? 家主の為人とか防犯とか、今一つ確信が持てない下宿に送るより、学園に送った方が間違いが無いと思ったわけか? 昼間は俺も学園にいるし、確実に届けるならこっち宛てだよな。……あぁ、それと嵩が嵩だし、下宿先の宿屋の迷惑を考えたのかもな。ゼハン祖父ちゃん、商売人だけあって、そういうところには気が廻るし。
ま、何はともあれさっさと【収納】しちまおう――と、したところで……
「ネ・モ・さん♪」
――面倒事の主が声をかけてきた。ちくせう。