幕 間 三客のティーカップのパズル
~Side ネモ~
代数の授業を受け持っているダーウィッド・アーヴィングって先生は、もういい歳した爺さんなんだが、謎々やパズルの類が大好物ときてる。ま、それだけなら罪の無い年寄りの趣味で片付けられるんだが、時々生徒に向けて出題しては、上手く解けたら成績に加味してやる……なんて事を宣うもんだから、成績の好くなかったやつらが血眼になって取り組むわけだ。……丁度今のエリックのやつみたいにな。
「おぃカルベイン、いい加減に唸るのを止めて、真っ当に試験勉強に取り組む方が良いと思うぞ」
まったくアーヴィングの爺さんときたら……二学期の中間試験を前にして、〝この問題を見事解いた者がいたら、その成績に少しばかり色を付けてやる〟――なんて事を言うもんだから、自信の無い連中が目の色を変える事になった。
こんな頓智問題に時間を取られて、肝心の試験勉強が疎かになるようじゃ、それこそ本末転倒だろうが。……あの爺さん、その辺を承知した上で生徒を揶揄ってるような気もするな。……救済措置の一種だとも言えるんだが……
「いや……しかし今回の問題は、どう考えても矛盾していないか?」
コンラートのやつが顔を顰めて言い出せば、
「うん……どう考えてもおかしい気がする」
ジュリアンを始め全員が納得いかねぇって顔を並べてやがる。ま、今回のパズルは特に頓智の色が強い……って言うか、こじつけとか強弁とかペテンに近いからな。答を聞いたら怒り出すかもしれん。俺の口から言うつもりは無いけどな。
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~Side アスラン~
代数のアーヴィング先生が今回出した問題は、どう考えても理解も納得もしかねるものだった。
〝三客のティーカップに銅貨十枚を配分して入れよ。ただし、どのティーカップにも奇数枚の銅貨が入っているものとする〟
僕らだって代数の初歩は知っているわけだから、これがどんなにおかしな問題なのかは解る。
「そもそもだ、奇数と奇数の和は偶数になる――これは数学上の大原則だ。銅貨の合計は十枚なんだから、残る一客のカップに入っている銅貨は偶数枚になるしかない」
――うん。十という偶数から偶数を引くと、残りは偶数にしかならない。すべてのティーカップには奇数枚の銅貨が入るという条件に違背する。よって、この問題は成立しない。マヴェル君の主張は数理的に正しい。
……正しい筈なんだけど……ネモ君がどこか醒めた目でこちらを見ているのが、どうにも気になる。……どこかに見落としがあっただろうか。
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どうしても気になったので、僕たちの班だけになった機会を捉えて質問してみた。
「ネモ君、アーヴィング先生の出題だけど……あれは成立するんだろうか?」
……驚いた事にネモ君の答えは、〝表現に際どい部分はあるが、一応成立する〟――というものだった。
「ま、真っ当な数学上の質問とかじゃなくて……どっちかと言うと、詐欺かペテンに近いけどな」
「ペテン……ですの?」
「問題に嘘があるという事か?」
エルが不審そうに訊いていたけど、
「いや、問題文中に嘘は一言も含まれてねぇよ」
「ネモ君は答えを知っていると受け取っていいのかな?」
ジュリアン殿下がそう訊ねていたけど、
「……まぁ、俺の考えが正解なのかどうなのかは判らんが……一応な」
「待てネモ、さっきも言ったように、問題自体が成立しないだろう」
「だから真っ当な解釈じゃねぇって……詐欺みたいなもんだと言っただろうが」
「後学のために、教えて戴けませんこと?」
ネモ君はあまり気乗りしない様子だったけど、
「……ここだけの話にして、先生にも言わないっていうんならな」
僕らが口を揃えて嘆願すると、最終的には同意してくれた。……説得に十五分ほどかかったけどね。
――で、ネモ君が教えてくれた答えというのは……
「三客のティーカップが並べて置いてある――そう思わせてるところがこの問題の肝だな。実際には、三客のうち二客のティーカップは重ねて置いてあるんだ」
重ねた外側のティーカップには、内側のティーカップ内の銅貨も入っていると言い繕う事ができる……というのがこの問題の要点なんだそうだ。
「例えばだな、重ねた内側のティーカップに五枚の銅貨が入れてあって、外側のティーカップだけに入った銅貨は無い場合を考えてみろ。外側のティーカップには、内側のティーカップもろともに五枚の銅貨が入っていると考えるんだよ。残る一客だけのティーカップに五枚の銅貨が入ってりゃあ、問題文の条件は一応クリアーしてるわけだ」
僕らが揃って唖然としている中、ネモ君が淡々と説明してくれたところでは、全部で十五通りの答えがあるらしい。
重ねた内側のティーカップ、重ねた外側のティーカップ、重ねていないティーカップに入れる銅貨の枚数はそれぞれ――一・○・九、一・四・五、九・○・一、三・○・七、七・○・三、七・二・一、一・二・七、五・二・三、五・四・一、五・○・五、三・四・三、三・六・一、三・二・五、一・六・三、一・八・一――となるそうだ。
ネモ君が〝一・四・五〟と言った時、重ねた外側のティーカップに入る枚数が四枚というのはおかしいとエルが突っ込んだけど、〝この場合は内側のティーカップに入っている一枚も勘定に入れるから五枚になるんだ〟――と切り返していた。
僕らが呆気にとられている傍らで、マヴェル君が酷く立腹していたけど……無理もないと思う。
拙作「転生者は世間知らず」二巻発売記念の幕間話を、本日20時頃に公開します。幕間という割に六回分あるので、暫く火曜と金曜に更新する予定です。
宜しければこちらもご笑覧下さい。