第四章 冒険者登録 2.初心者講習
~Side ネモ~
能く解らない理由から、俺は冒険者ギルドの受付業務を引き受ける事になった。思っていたのとは少し違うが、俺みたいな子供でも務まる仕事を考えてくれた結果なんだろう。……俺みたいな子供を冒険者に誘った理由は解らんが。
最初は休日にという話だったんだが、休養無しではやっていけないとゴネて、平日の放課後に出勤する事を承知させた。どのみち俺は学外に寄宿しているんだし、学園にいる時間が少なくなれば「主役組」と関わる機会も減るわけだから、願ったり叶ったりっていうやつだ。ギルドマスターたちは恐縮してたけどな。学園の方にもちゃんと話は通してあるが、なぜか事務方の皆さんが協力的だった。多分だが、面倒事が減るのを歓迎しているんだろう。立ち位置は違うが、その考え方には大いに共感できる。俺も面倒に巻き込まれるのは願い下げなんだよ。
ただ、授業の都合なんかもあるので、出勤時間は必ずしも一定していない。これは仕方がないと諦めて、報酬は時間給で計算してもらう事にした。……そう提案したら、なぜか時間計算を俺がする事に……いや、幾ら計算できる人員が少ないって言っても、何かおかしくないですか、これ。
受付業務を行なう以上、冒険者ギルドで執り行なっている業務内容は一通り知っておく必要がある。という事で、簡単なガイダンスみたいなものを受けさせてもらえた。正直、学園のガイダンスよりも面白かったわ。
――で、気になったのが初心者講習ってやつだ。
冒険者ギルドでは新規登録者を対象に、様々な技術の初心者向け講習を開講している。有料ではあるが、戦闘・狩猟・野営・応急手当など、冒険者として必須の技能の基礎を教えてくれるらしい。身体一つを資本にして稼ぐ冒険者なら、参加料を払っても受講するべきだろうと思うんだが……意外に人気が無いんだそうだ。参加料の割りに内容がチャチなのかと思ったが、そんな事は無いと反論された。内容を聞いた限りじゃ、教わっておいた方が良いと思うんだがなぁ……
ちなみにこの初心者講習、見習いには受講できないものもあるらしい。身体が育っていない子供に下手に大人と同じ内容を教えると、無茶をやらかすケースが多かったんだとか。……あぁ、中二病持ちのガキんちょが、いっちょまえに強くなったように誤解して、魔獣に特攻したわけか……。ギルドの人たちも大変だなぁ……
ただし、俺は見習いだがギルドの受付でもあるわけで、ギルドの業務内容を知らないのは拙いだろうという事になって、明日から機会をみて各講習を受講できる事になった。いやぁ、楽しみだなぁ。
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~Side 王都冒険者ギルド ギルドマスター~
噂の「食堂の審判者」をギルドの受付係に引き摺り込むのには成功したが、そこはやっぱり十二歳の初心者だからな。ギルドの業務内容ってのを知っといてもらおうと、一通り業務内容の説明ってやつをやったんだが……随分と熱心に聞いてくれた。他の連中もこんくれぇ……いや、この子の半分でも説明を聞いてくれりゃあ、儂らの仕事も随分と楽になるんだが。
説明の時、ネモって名前のその子が興味を示したのが、冒険者ギルドでやってる初心者講習ってやつだ。新人冒険者向けに、冒険者として必須の戦闘・狩猟・野営・応急手当などの基礎を教えようってもんだが、ぶっちゃけ人気が無ぇ。先立つものが無ぇってなぁ解るんだが、新人のうちに基礎をしっかり身に着けた方が、先々生き延び易いんだが……駆け出しどもにそれを解れってのも無理な話か。実際、若ぇやつらよりも中堅連中が受けに来る事が多いくれぇだしな。
そんな事をぼやいていたら、ネモって小僧、ギルドの貸付制度を利用できねぇかって言い出しやがった。見どころのある駆け出しにちっとばかり上等の装備を貸し付け、その代金は報酬から少しずつ引き落とす。装備が上等なら、無事に依頼を完遂する確率も高くなる。先の見えるやつなら乗ってくるんじゃねぇかって話だった。で、貸し付けの条件に初心者講習の受講を挙げておけばいいんじゃねぇかってんだが……実際にできるかどうかは別として、話を聞いて即座にこういう提案ができるあたり、ガキたぁ思えねぇほど優秀だ。王立学園の生徒でなきゃ、何が何でも冒険者ギルドに引っ張り込むところなんだが……
それはそれとしてだ、ネモのやつが初心者講習に興味を示したんで、お試し程度に一通り体験させる事にした。見習いなのにどうなのかって話もあったが、一応は受付係なわけだからな。業務内容を知っておかんと、きちんと説明もできんだろうし。そういうわけで初心者講習を受けさせたんだが……甘く見てたわ。
最初に戦闘訓練を受けさせたんだが、剣なんか持った事も無いってぇから、何が使えるのかを訊いてみた。ナイフなら少しは使えるってぇからやらせてみたんだが……ナイフはナイフでも投げる専門だった。毒蛇を狩るために鍛えたってぇんだが……なぜそうまでして毒蛇を狩らなきゃならんのか。
ナイフを持っての戦闘も、不得意とは言いながら、結構堂に入っていた。念のために訊けば、あの歳で猟師に同行して、狩りの手伝いをしてたってんだからな。【狩りの心得】なんてスキルが生えたのもそのせいらしい。……ナイフ投げは狩りのスキルに入るのか? いやまぁ、ナイフは解体に使う方が多かったとも言ってたが。
じゃあ対人戦はからっきしなのかってぇと……とんでもねぇ。素手での格闘技術が半端じゃなかった。一体どこで身に着けたのか、随分と洗練された格闘の技術を持っていた。正直、ギルドの教官が務まりそうなレベルだったな。講習どころの話じゃねぇわ。あれが【護身術】だってんなら、あいつの故郷はどんだけヤベぇんだと思ってたら、背丈と目付きのせいで絡まれる事が多かったんだと、苦笑いして説明された。……色々と苦労があったらしいわ。
猟師の狩りに同行して【狩りの心得】を生やしたと言うだけあって、野営の技術もかなりしっかりしていた。まぁ、知らない事も多かったようだが、それはうちでちゃんとした講習を受けりゃあ身に着くだろう。ちなみに、料理の技術は一級品だった。【調理】のスキル持ちだってぇから、本登録した日にゃパーティへの誘いが殺到するだろうな。
応急手当の知識についても、初心者のレベルはとうに越していた。これも猟師に習ったてんなら、あいつの故郷の猟師はどんだけ凄ぇんだ? ちょっとした薬師並みの知識だったぞ。実践の経験は多くねぇって謙遜してやがったが、知識だけでもあんだけ知ってりゃ充分過ぎらぁ。毒の類にも詳しかったのが気になったんだが、間違えて食べたら拙いから必死で憶えたと説明された。
動機が全て食いもん絡みなのがちっと気になるが……ともあれ優秀な人材にゃあ違ぇ無ぇ。
良い拾いもんだったな。