第三十四章 魔石奇譚 3.消える魔石(その2)
~Side メイハンド教授~
学園に奉職してから二十余年、奉職前を合わせて三十年以上、人生の半分ほども魔道具作製に関わってきたが……こんな不条理は見た事も聞いた事も無かった。……先日カサヴェテス先生が同じような事をぼやいていらしたが、今度は私の身にそれが降りかかってきたわけだ。
……そのカサヴェテス先生は、ポールトン先生とイーガン先生と一緒に頭を抱えてらっしゃるが……申し訳無い、私一人でこの異常事態に立ち向かう自信が無いのですよ。
しかし……ネモの素振りが何か妙だが……?
「ネモ? どうかしたのかね?」
「あ……すみません、ちょっとヴィクのやつが……」
――うん? ヴィクというのは確か、ネモが従魔にしたあのスライムの名前だったな。……色々と特殊なスライムだというが……
「そのスライムが何かしたのかね?」
ふむ。イーガン先生も訝っておいでのご様子だな。
「いえ……その……ヴィクが言うには、俺がヴィクと同じ事をしたと……」
「――何?」
スライムと同じ事? ……いや、あのスライムと同じ事という意味か?
……それはつまり……
「えぇと……そのヴィク君と同じように……ネモ君も魔石を吸収した……という事なのかしら?」
ポールトン先生も戸惑ってらっしゃるが……それはもはや人間業ではないだろう。ネモは一体何を目指しているのだ?
「ふむ……こうしていても埒が明かん。お手数だがネモ、もう一度魔石を吸収して見せてくれ。できればその後で、ヴィク君にも同じ事をお願いしたい」
「構いませんが……」
ネモは釈然としない様子で同意した。……まぁ、自分が〝ネモ〟と呼び捨てで、従魔のスライムが〝君〟付けで呼ばれているのだからな。……イーガン先生としては、スライムはご自分の生徒ではないので、一応気を遣ったというおつもりなんだろうが……一見落ち着いたご様子だが、イーガン先生も内心では動揺しておいでのようだ。
おっと、ネモが魔石の吸収を再演してくれるようだ。今度はしっかりと見定めておかねばな。
・・・・・・・・
「ふむ……魔石が融けるのに先んじて、魔石の魔力がネモに吸収されていたようだ」
「えぇ、その点はヴィク君と同じですね」
「ネモ、これは以前からなのかね?」
カサヴェテス先生の問いかけに、
「えぇと……入学前からという意味ならそうですが……いつからかと言われると……自分が魔石を触る機会があったのは、『祝福の儀』より後の事でしたから……」
……言われてみればそうか。祝福前の子供が魔石に触れる機会など、そうそうあるわけでも無いな、確かに。
「……それ以降は毎回こうだったのかね?」
「えぇ。ただ、素手で直接に触れない限り大丈夫でしたから。触る必要がある時は、木の枝なんかで挟むようにして扱っていましたね」
ある程度の大きさがあれば直ぐに消えたりはしないとかで、手早くやれば問題は無いと言うのだが……小なりとは言え魔石が吸収される時点で大問題だ。このままでは、ネモは魔石を使った実習が受けられんという事ではないか。
「それは……困ります」
――私だって困る。
「一体……ネモ君に何が起きているんでしょう?」
ポールトン先生も困惑しておいでのようだ。このネモという学生は、本当に色んな問題を引き起こしてくれる。……いや、彼に非があっての事ではないし、蛇皮を始めとした魔獣素材……それも長らく入手困難だったものをあれこれ提供してくれているそうだから、彼に含むところがあるわけではないが……それにしてもどうしたものか……
「……思うに、怪しむべきものがあるとすれば、それは【魔力操作】ではないだろうか」
「イーガン先生?」
「【魔力操作】――ですか?」
カサヴェテス先生とポールトン先生を始め、後ろに控えている生徒たちも困惑の表情だな。多分私も同じなんだろうが。
「消去法でいくと、他に容疑者たり得るものが残らん。ネモの【生活魔法】は規格外だが、魔力を〝吸収〟するようなものは無かった筈だ。これが〝消去〟というのであれば、【浄化】辺りも大いに疑わしいのだが」
「……そっちの方が大問題なのでは……」
……思わず突っ込んだ私に罪は無いと思う。魔力が〝消去〟されるなどという事になったら、前代未聞・空前絶後の大事件だ。
「実際には、魔力はネモに〝吸収〟されているわけだから、幸いにしてその懸念は無い」
「……ネモが魔力を〝吸収〟してくれていて良かったと……初めてそう思えました……」
「……話を戻すが、本来の【魔力操作】は自身の魔力を動かす技術だ。だが……ネモは何しろ色々と規格外だからな。自分の周囲にある魔力もある程度動かせるのかもしれん」
「な、なるほど……」
初めて耳にする話だが、一応の筋は通っている……ように思える。……いや、それ以外に納得できる説明は思い付かん。イーガン先生のおっしゃるとおり、【魔力操作】が元凶に違いないか。
「まぁ、現段階では一つの仮説にしか過ぎん。ただ、この仮説が正しいとすると……ネモ」
「何でしょうか?」
「【魔力操作】のスキルがあるなら、自分の魔力は動かせる筈だ。それを敷衍して、自分の周囲にある魔力に影響を及ぼせるかどうか、意識してみたまえ。より高い技量が必要になるかもしれんが、周囲の魔力を無意識に吸収しないようにするわけだ」
「なるほど……そうすれば……」
「魔石を扱う事も問題無くできる筈だし、延いては魔道具作製の実習にも不都合は生じん筈だ。飽くまでも仮説ではあるが、正直なところこれに代わる手立てを思い付かん。まずは試しにやってみてくれんか」
「確かに……解りました」
ネモも納得してくれたようで、これで一段落と思っていたのだが――
「あの……宜しいですかしら?」
「ポールトン先生?」
「何か?」
「いえ……ネモ君はヴィク君と会話ができるのよね?」
「えぇ……まぁ……」
「だったら、ヴィク君に訊いてみたらどうかしら? 魔力を吸収せずに魔石を扱えるかどうか」
――〝目から鱗が落ちる〟とは、こういう事を言うのだろうか。
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