第三十四章 魔石奇譚 1.始まりはマントから
~Side ネモ~
「冬仕様のマントねぇ……」
これから冬に向かうという事で、学園から防寒用のマントが支給される事になった。今まで着用していたものよりも厚手で、丈も長い。ただ……
「マントなら自前のやつがあるんだがな」
支給されたのは何の捻りもないデザインのマントだが、俺の持っているマントはインヴァネスコートを参考にしたケープ付きで、ケープの下に袖を出すための開口部があるから、実質的にコートとあまり変わらない。前を開ける事無く腕を使えるようにしてあるから、あっちの方が色々と使い易いんだが……
「一応これも制服だからね。学園の生徒としては、人前ではこれを着用する事が望ましい……という事のようだよ」
ジュリアンの言うとおり、制服と言われてしまえば否やは無い。通学時にはこれを着用する必要があるだろう。ただ……休みの日や放課後には、私服を着ていても問題は無い筈だ。冒険者(見習い)として採集を行なう時くらい、着慣れたマントを着ていても、咎められはしないよな?
「これも防寒着としては水準以上にあると思うんだけどね……」
「かもしれんな。ま、着慣れたやつの方が動き易いってだけだ。こいつを貶すつもりは別に無ぇよ」
学校指定の防寒着としちゃ充分だろうよ。ただ、野外での活動ってやつを想定してないだけだ。
「ネモさんのご希望に添えるかどうかは判りませんけど、ちょっとした工夫程度のものでしたら、学園側も大目に見てくれるそうですわよ」
改造制服ってやつか? そりゃ随分と太っ腹な……
「あ、いえ……さすがにデザインを変えるようなものは問題外でしてよ? 簡単な刺繍を施すくらいですわね」
「刺繍って……内側にネームを入れるとかか?」
そんなものは改造のうちに入らんだろう。
「だから……改造から離れろ、ネモ」
「没個性で画一的なマントに個性を与える程度なら、伝統的に黙認されているそうだよ」
個性ねぇ……
「裏地にドラゴンとタイガーの図柄を刺繍したり――とかか?」
学ランの裏地に龍虎相撃つ図とか、どっかの不良がやってそうだよな。……制服というより特攻服って気もするが。
「……いや……さすがにそれは……どうかな? コンラート」
「論外でしょう……論外だと思います……多分論外じゃないでしょうか……」
「何だ? 自信が無さそうだな?」
「……そこまで振るった真似をしでかした話は、聞いた事が無いからな」
「だったら、この際試して……」
「止めておいた方が宜しくてよ、ネモさん」
「目立つのは困ると普段から言っていなかったか?」
「これ以上先生方を困らせるのはどうかと思うよ」
う~む……お嬢・エル・アスランから口々に駄目を出されたし……止しておくか。
「そもそも、ネモさんのおっしゃるような刺繍を、施してくれる職人の当てがありますの?」
「学園支給のマントの裏に刺繍しろなんて言われて、引き受ける職人は少ないと思うよ?」
……お嬢とジュリアンの言うとおりかもしれん。俺だってそこまで器用なわけじゃないしな。
「あとは……護身とか保護とかの意味で、簡単なエンチャントを付ける程度は黙認されてるそうだね」
「エンチャント? マントに魔術を付与するってのか?」
エンチャント或いは付与術というのは、魔道具作製の根幹となる魔法技術だ。俺たちも二学期からはその基本を習う事になっていると聞くが、授業ではまだ習っていない。そんな高等技術を使えるとはさすがにAクラスは違う――と感心していたんだが、
「いや……今の僕らにそんな事ができるわけ無いだろ? 大抵は知りあいの魔術師や先輩に頼んだり、自分でやりたい者は技術を習ってからやるんだよ」
……そりゃそうか。
「マントに付与すると言っても、魔術が効果を発揮するための魔力はどうするんだ? 着用している者の魔力を使うのか?」
だとしたら、自前で魔法を使うのとあまり変わらない……あ、いや、自分で習得していない魔法を使えるわけか。それはそれで便利だなと思っていたら、
「まさか。魔石を使うんだよ」
――と、ジュリアンに一蹴された。
「魔石をどう使うんだ? アクセサリーみたいに使うのは容認されてるのか? それとも粉にするかどうかして、マントに練り込むとかするのか?」
前世で日本人だった俺の感覚としては、学生が制服にアクセサリーを付けて登校というのは違和感があるんだが……粉にして撥水スプレーみたいな感じに使うのか?
「……練り込むというのは初めて聞いたけど……大抵はそこまで大きな魔石にはならないしね。マントの裏側に縫い付けるのが普通だったと思うよ」
あぁ……アクセサリーというより、神社のお守りとかお札に近い感覚なのか。……そう言えば、俺も教会の護符を持ってたな。故郷を出る時に家族が持たせてくれたんだ。肌身離さず持ってるけど、それと同じような感じか。
「魔石か……いずれ授業でも使うようになるんだろうが、扱いに注意しないといかんからな、あれは」
少し面倒だなと思っていると、クラスのやつらが妙な顔をして俺を見ている。……俺、何かおかしな事を言ったか?
「……魔石って……そんなに注意を要するものだったかい? コンラート」
「いえ……そこまで面倒なものだとは聞いていませんが……」
「いや? 生の魔石は融けるだろ?」
「「「「「……はぁっっ!?」」」」」
拙著「転生者は世間知らず2」の書評が、「小説家になろう」当該コーナーに掲載されました。既に出版済みという事で、少しページを遡る必要がありますが……宜しければご覧下さい。