第三十三章 調理実習 5.食卓の魔術師~パンケーキ篇~(その1)
後書きにお報せがあります。
~Side ドルシラ~
ネモさんの創意工夫によって調理された肉は、見違えるほど軟らかくなっていました。私は存じませんでしたが、固い肉を玉葱やソーダに漬け込んで軟らかくするというのは、料理人たちの間では知られた技法なのだそうです。講師をなさっていた厨房の方が、そう教えて下さいました。
ただ……軟らかくなってはいましたが、味付けの方は正直もう一つという感じでしたわね。ネモさんにそう言ったところ、一応は授業なんだから、そうそう勝手な真似はできないとおっしゃいましたけれど……〝一応は授業〟の筈のキャンプであれだけ好き勝手やっておきながら、今更ですわよね。
ともかく、そんなこんなで――他班の方々の注目を浴びながら――実習の前半が終わりました。
実習の後半は、小麦粉を使った簡単なお料理というお話でしたけれど……
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「は~い注目、次にやってもらうのは、小麦粉を使ったお料理です。小麦粉はお団子にしてスープの具にしたりもしますけど、今回は焼くのをやってみましょう。簡単に言えば、水で溶いて緩くした小麦粉を鉄板で焼くだけです。パンと違って、膨らむのを待たずに焼きますから、フワッとした感じには仕上がりません」
……そういうのも料理と呼んでいいのでしょうか? 単純過ぎません?
「簡単で基本的な料理なだけに、応用発展の幅も広いです。そのままポテッとした感じに焼くのか、カリカリに焼き上げるのか、中に具材を混ぜ込んでから焼くのか、薄めに焼いたもので他の食材を包んで食べるのか……各地で色々なタイプのものが作られ、色々な名前で呼ばれています」
なるほど……様々な料理の基本形というわけですのね。工夫次第で様々なアレンジが可能であると。……多分ですけど……単純に焼いただけのものは、以前に旅先で戴いた「チャパ」というものだと思います。お手軽ですけど素朴な味で、中々悪くありませんでしたわね。
「故国でも似たようなものを作って食べていた」
「手軽に作れる割に美味しかったよね」
アスラン様とエルメインさんは経験がおありのようですわね。
「アスラン様、それはどのようにして召し上がったのですか?」
マヴェル様がお訊ねになりましたが、私としてもそれは知りたいところです。以前に私が戴いたものは、パンの代わりという感じでしたけれど……
「いや? 単にそのまま食べるだけだよ? 向こうではパンに相当する主食だし」
「薄い塩味が付いているが、それだけだ。余計な味を付けると、他の料理と合わなくなったりするからな」
やはりそのようです。
「そうすると……何か工夫するとしたら、具材を混ぜ込むぐらいしか無いか」
殿下がそうおっしゃって、私含め皆様が同意を表したそのタイミングで、
「いや、工夫の余地なら色々とあるぞ」
――満を持してという感じで、ネモさんの登場です。本当に期待を裏切りませんわよね。
「そんなに工夫の余地があるのか?」
「だったら僕らも知りたいところなんだけど」
「あぁ。ま、ちょいとばかり手間と材料が増えるのと、それに伴って経費もそれなりにかかるがな」
「……高価な材料を使うのか?」
……以前のジャムの件があるので、マヴェル様も警戒しておいでですわね。
「と言うか、小麦粉に何か加えるって段階で、より高いものにならざるを得んだろうが。ま、確かに砂糖を加えて甘くするってのもあるが、それ以外に卵や牛乳、バターなんかを加えて、舌触りや風味の向上を図るってのも能くあるな」
「能くあるんだ……」
……相変わらず、どこからそんな知識を拾ってくるのでしょうか。バターはともかく卵となると、砂糖ほどではありませんけれど、それなりにお値段しますわよ? そんなものを単品ではなく、一緒に混ぜ込むと言うんですの?
「色々とレシピはあるんだが……飯の後だし、軽いデザート代わりのもんにしとくか」
作り方を教えるから自分でやってみろとおっしゃるんですけど……
唐突ですが、著者の他作品「転生者は世間知らず」の二巻が発売される運びとなりました。活動報告に書影を載せておりますが、発売日は十一月の二日という事です。
今回はローレンセン滞在中の話を纏めてありますが、書籍版ヒロインであるマーシャの留守番事情も幕間として載っております。
宜しければ手に取ってご覧戴けると幸いです。