第三十三章 調理実習 3.食卓の魔術師~ステーキ篇~(その2)
~Side コンラート~
「しかし……見本として食べさせてもらった肉に較べると……配られた肉は些か見劣りがするね」
苦笑しつつそうおっしゃるのはアスラン様だが、自分も全く同感だ。……と言うか、ここまで固い肉など、普段の食事では滅多に出てこない。ある意味得がたい体験だとも言える。
尤も、ネモの頭の上に陣取っているスライム……ヴィクだったか? 我々と同じように試食に与った――ここの教師も大概度量が大きいな――彼の意見は違っていて、ネモが通訳するところによると――
「〝未熟で軟弱な軟らかいだけの肉より、確りと育った肉の方が美味い〟――んだそうだ」
……確かに、言われてみれば納得できるような気もするのが不思議だ。
飼い主のネモはと言うと、また少し違う見解を持っているようで――
「贅沢言ってんじゃねぇよ。食べるために態々育てた肉ってだけで、高級品だろうが」
エルメインも頷いて同意を示しているが、ネモの育った村では、肉と言えば近くの山などで狩ってきた獣や魔獣の肉ばかりだったそうだ。……蛇やネズミの肉なんだろうとばかり思っていたが、スラストボアなどを狩る事もあったらしい。概して魔獣の肉は美味なものが多いので、寧ろネモたちの方が美食をしていた事になる。
……そう思っていたら、実際の事情はもう少し複雑なようだ。
「いや……俺が仕留めた場合、焼き加減とかを選んでいるゆとりは無かったからな。どっちかと言うと、焼け残りからいけそうな部分を探して食うって感じで……」
……そう言えば、ネモの自称【着火】で仕留めたのなら、ほぼ丸焼けという状態だった筈だ。確かに、「料理」の出る幕は無かったかもしれない。寧ろ蛇やネズミの方が、まだしも「料理」になったのか……
「――とは言え、この肉はちっとばかし固めだな」
切れ端を焼いていたネモが、試食の後でそう評価を下した。……まぁ、学園としても予算に限りはあるだろうから、一学生の身ではそう文句も言えない。粛々と食べて実習を済ませるかと思っていたんだが、
「ま、それならそれで、それなりの工夫ってやつを見せなくちゃな。仮にも『調理』の実習というからには」
――そんな事を言い出したものだから、レンフォール嬢の目の輝きが凄かった。……いや……斯く言う自分も似たようなものだったと思うが。
蛇肉の前科があるにしても、ネモは隠れも無い【料理】スキル持ちだ。以前の校外実習で、タレに漬けた肉の石焼きという大技を繰り出したのを憶えている身としては、期待してしまうのも無理はない……筈だ。
「何か考えがおありですの? ネモさん」
「自前のコンロに片手鍋まで用意してきたネモ君の事だからね。これは期待していいのかな?」
……殿下がおっしゃるように、学園側が用意したコンロに学生たちが殺到して混雑しているのを見たネモは、先生に一言断った上で、【収納】から自前の魔石コンロを取り出した。安宿に泊まる時には便利なのだと言っていたが……用意周到にも程があるだろう。
一緒に取り出した浅めの片手鍋がまた珍品だった。何と平底だったのだ。自分は料理道具に詳しいわけではないが、先生が食い気味に質問していたところを見ると、やはり珍しいものだったのだろう。ネモの実家で使っているのと同じ形式だそうだが。……フライパンとか言っていた。
そんな道具を前にしたネモが、徐に何を始めたかと言うと……
「……ネモさん、何をなさっておいでですの?」
「お嬢、固い肉を食べるには幾つかの方法があるんだ。第一、諦めてそのまま食べる。第二、楽に噛み切れるくらいに薄く切って調理する。第三、叩いて挽いて挽肉にして調理する。そして第四は、固い肉を軟らかくしてから調理する」
「「「――軟らかくする!?」」」
「そんな事ができるんですの!?」
皆一様に驚いているが……自分だって同じだ。固い肉を軟らかくするなんて……そんなスキルがあるなんて思わなかった。さすが【料理】スキルだけの事はある。
「……いや……別に特殊なスキルじゃねぇぞ? ちょっとした工夫ってやつだ」
そう言ってネモが取り出したのは……玉葱か? それを――細かく刻んで?
「あぁ、玉葱の微塵切りにゃ、ちょいとばかし【料理】スキルを使ってる。素でやると目に沁みるんでな」
いや……それはいいんだが……
「ネモ君、それはソースに使うのかな? そういう味付けがあると、故国にいた頃に聞いた事があるんだけど……」
――アスラン様はご存じなのか?
「お、能く知ってるなリンドローム。確かにそういうソースもあるが……今ここで用意してるのは別の目的でな」
そう言うと……ネモは切り出した肉を、刻んだ玉葱に漬け込んだ。