第三十三章 調理実習 1.可愛いコックさん
~Side ネモ~
疾風怒濤のキャンプ実習から戻って十日後、今日は五~六時限の魔法実技の枠が調理実習に充てられている。こっちは野営とは無関係に、普通に調理器具を使用しての実習だ。野営料理は男子生徒に人気だそうだが、こっちは女子生徒――特に自分で料理する機会の多い平民や下級貴族出身者――に好評な反面で、貴族階級の男子生徒の受けは今一つ――そう聞いたんだが……
「……男女関係無く真面目に受講してるように見えるが……Aクラスだからか?」
「それも無いとは言わないけど……」
「普通の料理というのがポイントなんじゃないかな……多分……」
アスランのやつ、「普通」ってところに思いっ切りアクセントを置いてくれたが……それだとまるで「普通じゃない」料理を体験したように聞こえるじゃねぇか。
「……どの口が言うんだろうね、そういう事」
「ネモ、俺が言うのも何だが……初心者にいきなり蛇はきつかったんじゃないのか?」
「ネズミを持ち込んだ本人が何言ってやがる。ネズミと蛇なんて、哺乳類と爬虫類、恒温動物と変温動物、胎生と卵生、体毛と鱗、足の有る無しくらいの違いしか無ぇだろうが」
――総排泄孔とか尿酸代謝とかは、言い出すと面倒だから措いとこう。
「結構大きな違いだと思うんだけど……」
アスランたちは疑わしそうな目で見ているが、食べてみればそこまで味や食感に違いは……無ぇわけじゃねぇが……ともかく実際問題として、だ。
「――美味かっただろうが、蛇」
「試食した今となっては否定しないけどね……」
そら見ろ、単なる先入観による偏見だ。そう喝破しようとしたところで――
「……いえ、味がどうこうと言うよりも、頭を刎ねられた蛇体が、こう……ビチビチとのたうち回っていたのが、ショックだったのではありませんこと?」
――お嬢が別視点からの異論をぶっ込んできた。
「……申し訳無いが……思い出させないでもらえないか、レンフォール嬢……」
「衝撃的な光景だったよね……」
何を言ってるコンラート。ジュリアンも、あれくらい普通だろうが。
「そうですか?」
ほれ見ろ、エルも不思議そうにしてるじゃねぇか。活きの良い肉ならあんなもんだ。
「そうかなぁ……」
「まぁ、とにかくあれだ。蛇をして日常の食材だとか料理だとかは、ネモ君も思わない方が良いよ?」
むぅ……確かに学園内や王都では、蛇を捕まえるのは難しいか……
「いや……そういう意味じゃなくってね……」
「は~い、それじゃあ皆さん、席に着いて下さ~い」
おっと、先生のご入来か。
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~Side 厨房職員バネッサ~
「え~……では、本日は簡単な調理の実習を行ないます。既に皆さんはキャンプで簡単な野営料理は体験済みだと思いますが、本日は一般的な材料と道具での調理というものを体験して戴きます。勿論簡単な範囲でですよ?」
はぁ……説明が上手いからとおだてられて、調理実習なんかやらされてるけど……責任者で何でもないんだけどねぇ、あたしゃ。……まぁ、ちゃんと手当が付くから文句は言わないけどさ。
キャンプ料理だけ経験させて、普通一般の調理を教えないのは片手落ち――とか、創立者だか誰だかがそんな事を言い出したのが始まりだと聞いたけど……そりゃ、理念とか建前とかは解るのよ? だけどねぇ……女の子はともかく、この年頃のやんちゃ坊主どもはねぇ……
いや、CクラスやDクラスはいいのよ。食べ物を粗末にしないって躾が行き届いてるからね。けど……金持ちのガk……お子様方が多いAクラスやBクラスはねぇ……料理を遊びか何かのように思ってるから、もぅ毎回ね、遣りたい放題やらかしてくれんのよ。麺棒で引っ叩いてやろうか、オーブンに頭を突っ込んでやろうかと思ったのも、一度や二度じゃないからね。
ただ……今年は何だか様子が違うんだよねぇ。いつもなら説明も聞かずにヒソヒソ話をする子が多いのに……妙に身を入れて聞いてるというか。……こうして見てると、小さな料理人の卵が並んでるみたいで可愛いんだけどねぇ……
それと……〝一般的な〟と言ったところで、溜め息を吐いたり頷いた子が多かったような気がするけど……何かあったのかね?
「まぁ、キャンプ料理に較べると平凡で、刺激的ではないかもしれませんけど、その分日常の生活では応用が利きますから」
……何で黙って笑ってるんだろうね、この子たち? ……妙に乾いた笑いだけど……
……まともな食材に文句を言ったら罰がどうとかって聞こえたようだけど……本当に一体どうしたのかね?
……まぁ、深く追及するのは止めておこう。……何だか嫌な予感がするし……
ま、今年は【調理】スキル持ちの子が一人いるみたいだから、少しは楽できそうだね。
……どっかから「食堂の審判者」とか何とか、そんな呟きが聞こえたような気がするけど……空耳かね?