第四章 冒険者登録 1.受付
~Side ネモ~
宿の食堂での騒ぎの数日後、宿に戻ると女将さんが、俺宛に言伝を預かっていると伝えられた。
冒険者ギルドからの通達で、都合の好い時にギルドに来てくれとの事だったんだが……俺、何かやったんだろうか。
翌日不安に慄きながらギルドに出頭すると、冒険者登録を勧められた。いや、俺、王立学園の一年生なんですけど?
訝る俺に対して説明してくれたところによると、「王立」学園に所属していても、生徒のうちは冒険者として働く事が容認されているようだ。衣食住については学園が保証するとしても、それ以外の費用は自分持ちだ。資力に不安のある平民出身者などでは、冒険者として小遣いを稼ぐ者は珍しくないとギルドマスターから力説された。いや……ギルマス、何であんたが子供の相手なんかしてんですか?
それに、俺が気にしてるのは「王立」の部分じゃない。十二歳の子供に冒険者登録を勧めてる事についてなんですけど?
俺だってこの世界に転生して十二年を過ごしてきたんだ。この世界の事はそれなりに承知している。この世界では――少なくともこの国では――十五歳をもって成年と見做すが、正式な契約を結んでの就労は十三歳から可能になっている。冒険者登録が可能なのも十三歳からで、それだって仮登録扱いだった筈だ。十二歳になって間も無い――この世界は数え年――俺が登録できるわけが無いだろう。
そう言ってやったら、冒険者ギルドには見習い制度というものがあるのだと説明された。何でも昔、戦乱に明け暮れていた時代に制定されたもので、元々は増え過ぎた戦災孤児の救済目的として、十歳から登録できるようにしたものらしい。見習いは危険度の高い依頼を受注できない、パーティに所属する事ができない――こっちは見習いの子供が鉄砲玉に使われる事を懸念したため――などの制限はあるが、一応冒険者に準ずる者として扱われるとの事だった。見習い登録には然るべき人物による身元保証が必要なため、今は利用する者もほとんどいない、廃れた制度なんだそうだ。
「ただな、お前さんは王立学園の生徒ってわけだから、身許の点じゃあ文句の付けようが無ぇ。見習い登録にゃ何の問題も無ぇわけだ」
「はぁ……」
さぁて……これはどうしたものかな。
首尾好く王立学園を追い出されて――もしくは無事に卒業して――自由の身になれたら、自分の食い扶持は自分で稼がなくちゃならない。漠然と故郷に帰る事を考えていたけど、お偉いさんが絡んできたりしたら面倒だ。それを考えると、冒険者というのは悪くない選択肢のような気がする。ギルド側の思惑が今一つ読めんが、仮にも王立学園の生徒に害意を持つとも思えないし、ここは申し出を受けるのが正解か?
「解りました。登録します」
そう答えた途端に流れるように手続きが進められ、登録と同時に指名依頼を出された。
――いやちょっと待って! 幾ら何でも十二歳の子供に指名依頼なんて、無茶にもほどが……え? ……ギルドの受付業務?
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~Side 王都冒険者ギルド ギルドマスター~
「ビルとマットが酒に酔って揉めたぁ? いつものこったろうが」
あの二人は腕も人柄も悪くはないんだが……酒癖だけが玉に瑕だ。酔って騒ぎを起こすなど珍しくもない。そう言ってやったんだが、サブマスの答えはいつもと違っていた。
「そこまでは確かにいつもどおりですけどね、そこから先が違う。揉めている二人をあっさり抑えた者がいるそうです」
「ほぉ……」
仮にもCクラス冒険者の二人を、酔っていたとは言え捕り抑えたというなら大したもんだ。有望株だと言いかけて、続けられたミュレルの台詞に腹を立てる事になった。――その有望株は、魔導学園の新入生だという。
「馬鹿も休み休み言え! 十かそこらのガキんちょに、あの二人の相手が務まるわけが無ぇだろうが!」
「それが務まったみたいだから面白い。町中その噂で持ちきりですよ」
「……おい、冗談じゃねぇってのか?」
ガキの癖してどんな腕っ節してやがるんだと言いかけて、ミュレルの答えに呆れる事になった。
「聞いたところじゃ、気迫か眼力だけで二人を圧倒したそうですよ」
「あの二人が、ガキの迫力にビビらされたってのか?」
詳しい話を聞きたいもんだと思ったが、二人は昨夜のうちに王都を逃げ出したと聞いて、再び呆れる事になった。……一体どんな目に遭ったってんだ。
「一説によると、威圧系のスキルじゃないかという話ですけどね。何でも特例進学生だとかで」
「ユニークスキル持ちだってのか? しかし……【威圧】はユニークスキルじゃなかったんじゃねぇか?」
「その辺りも含めて、ギルマスに確認をお願いしたいんですよ。学園長とはお知り合いなんでしょう?」
学園の役人どもは度し難い馬鹿ばかりだが、学園長はその昔荒くれどもを見事に指揮して幾つもの大仕事をやってのけた冒険者上がりだ。話の通じる爺さんなんで、何度か酒場で連んだ事もある。
「王立学園の学生なら、読み書き計算くらいはできるでしょう。受付に迎えれば、ギルドにやって来る破落戸どもの抑えに丁度好いんじゃないですかね?」
「ガキんちょに荒くれどもの相手をさせようってのか?」
サブマスの提案には呆れたが、ギルド内で騒ぎを起こしてばかりの連中が少しでも静かになるってんならやってみても……いや待て、新入生だってんなら、まだ冒険者登録はできないだろうが。
「そこに抜かりはありません。見習い制度を活用しましょう」
「見習いって……ありゃお前、大昔に戦災孤児救済のために制定された……」
「昔だろうが孤児対策だろうが、今使えるのなら使わずにどうします。面倒事が少しでも減るんなら、魂だって売り渡しますよ、私は」
――学園長の爺さんに幾つか確認した上で、儂が「フクロウの巣穴亭」の女将に言伝を頼んだのは、翌々日の事だった。