幕 間 滋養強壮蛇料理
~No-Side~
ネモに関する打ち合わせを終えて執務室を出、王家のプライヴェートエリアに入ったところで、父王レオナード三世が第四王子ジュリアンに――小さな声で――問いを発した。
「……はい? えぇ、確かにネモ君はそう言ってましたけど……」
「ふむ……精の付く食品か……」
そう呟いた父王を、ジュリアン王子は不思議そうな目で見ていたが……この件についてそれ以上の話は出なかった。……その時は。
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「――どう思う?」
「精の付く蛇の肉ですか……」
夜更けに父王の私室に呼ばれた王太子アルマンドは、難しい表情で腕を組んでいた。
「ジュリアンの話では、そのネモとやらが常食にしておる蛇の肉――正しくは蛇型の魔獣の肉らしいが――は、滋養強壮の効果が殊の外高いとか。聞き流すには惜しい話だとは思わぬか?」
「父上もそろそろ疲れが抜けきれぬお年ですからね」
「余の事だけではないわ、戯けめ。其方とて、そろそろ跡継ぎの問題が煩くなっておろうが。側室を薦める声が多いのだぞ?」
「私はエリーゼ以外の妻を持つ気はありませんよ。……少なくとも当面は」
「ならばさっさと子を成すのだな。さもないと、自分たちに都合の好い娘を押し付けようとする俗物どもが群がる事になるぞ」
痛いところを突かれて、アルマンド王子も渋い顔である。
愛妻との間に子を成す事が一番の解決策……というのは重々承知しているが、こればかりは天よりの授かりものである。加えて、このところ色々と仕事が溜まり、夫婦の語らいも滞りがちなのだ。
溺れる者の藁とやらで、蛇肉とやらを試してみるのも一興かもしれないが……
「……ジュリアンの話だと、ネモ君とやらの父親は、蛇料理の翌日は憔悴し果てていたそうでは……」
母親の方は艶々と輝くばかりであったと聞くが……どれだけ搾り取られるのかと思うと、どうしても腰が引けてくる王太子なのであった。
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~Side ネモ~
「蛇肉? そりゃ、幾らか手元にもストックしてあるが……」
ジュリアンのやつが妙な依頼を持ち込んだのは、波瀾の郊外キャンプから戻って五日後の事だった。滋養強壮に効果のある蛇の肉が欲しいと言うんだが……
「……おぃフォース、誤解の無いように言っとくが、滋養強壮の効果が高いのは、肉じゃなくて内臓の方だからな?」
内臓は薬師ギルドと魔導ギルドから、常時依頼が出されてるからなぁ……そう気前好く融通はできんのだが。
「……肉じゃ駄目なのか?」
「駄目って事ぁ無いが、効果の方もほどほどだぞ? 誰が欲しがってるのか知らんが、どの程度の効果を期待してるかにもよるだろうな」
ジュリアンのやつは暫く悩んでいたが、できたら内臓が欲しいと言ってきた。……この様子だと、王家の誰かが疲れてんのかもな。王家の事なんか知ったこっちゃないが、他ならぬジュリアンの家族となると……知らんぷりというのも後味が悪いか。
「……ギルドとの兼ね合いもあるから、あまり多くは廻せんぞ?」
「助かるよ。ありがとう、ネモ君」
「ネモ、少しいいか? 調理のコツとかはあるのか? ……メデューサボアなどの肉は、素人が捌くと魔素酔いを起こすと聞いたが……?」
コンラートのやつが割り込んできたが……そう言や、キャンプでも誰かそんな事を言ってたな。
「先生方がそうおっしゃっていただろう……それで、どうなんだ?」
「――って言われてもなぁ……俺は勿論、うちの母親も祖母も、魔素酔いを起こした事なんか無いぞ?」
母さんや祖母ちゃんに料理を任せる事もあったんだが……別に何ともなかったよな?
「……下処理の仕方が関わっているのかもしれんな。それか、仕留めて直ぐに新鮮な状態で【収納】していたせいなのか……ネモの家族が特殊という事も考えられるが……」
「おぃ、俺の家族をディスるんじゃねぇよ」
「あぁ……いや、そんなつもりは無かったんだが……それはともかく、普通に調理ができるんだな?」
「どういう料理ができるんですの」
……お嬢……横から割り込むなよ……
「どうってなぁ……ウチでやってたのは普通に炒めるとかだからな。それこそ城の料理人の方が詳しいんじゃないのか?」
……蛇の種類にもよるけどな。
「種類?」
「味わいが違うとかですの?」
「そうじゃなくて……普通サイズの蛇公だと、内臓もそこまで量が無いからな。肉と一緒に炒めて終わりなんだが、大水蛇くらいの大物になると、内臓だけで一品作れるからな」
料理に使う内臓は、肝臓と腸に心臓ぐらいだ。腸は茹でるとかの下拵えが必要だが。
「大水蛇とかだと、腸は適当なサイズに切ってから、汚れを取るために軽く茹でておく。野菜や香草などと一緒に油で炒めたものに、予め湯通ししてから叩いてペースト状にしておいた肝臓を、頃合いをみて和える。心臓なんかはタレを付けて焼いても美味い。ウチではそうやって食ってたな」
「魔素酔いとかは?」
「あ~……食べ慣れないうちは、一気にドカ食いしない方が良いかもな」
そういう風に説明してやると、ジュリアンもコンラートも考え込んだ。
「……あれこれ考えると、マジックバッグで運ぶのが無難のようだな。……ネモ、その大水蛇というのは融通してもらえるか?」
いつの間にかコンラートのやつが仕切ってるが……大水蛇か。
昨年内緒で狩った分は迂闊に放出できんから、【収納】に仕舞い込んでるんだが……内臓もまだ何体分かはあったよな……
「……出所を詮索しない、他言無用という条件でなら、幾らか融通してもいいぞ? ただ、ギルドとの兼ね合いもあるから、今後は当てにせんでくれよ?」
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~No-Side~
少しばかり説明を補足しておくと、蛇型魔獣の肉は、仕留めた直後に――ネモがやっているような手順で――血抜きの処理をして、即座に【収納】なりマジックバッグなりに突っ込んでおけば、魔素が漏れ出す事はほとんど無い。言い換えると、調理中に魔素酔いを起こす事はほとんど無い。魔素酔いの事例の大半は、仕留めて直ぐに適切な下拵えをしていないか、時間が経った肉を調理したケースである。
……まぁそれでも、食べ慣れない者が大量に摂った場合、魔素酔いを起こす事はあるのだが。