第三十二章 オルラント王城 4.密談(その2)
~No-Side~
「いえ……それに失敗し続けているのは、本人も薄々気付いているようです」
「薄々……」
「……随分と……その……控えめな評価であるな……」
ここで、それまで黙っていた学園長が参入する。
「ネモ君については、己の異常性を自覚しておらぬのが、違和感を生み出す一因ではないかと」
「無自覚……ですと?」
何となく不吉な予感を抱いたらしき内務卿が――否定もしくは訂正の言葉を期待しているかのように――問い返す。が……学園長の言葉は無情にも、
「然様。幸か不幸か、幼少の彼の身近には、相談に乗ってもらえる魔術師がいなかったとか。ゆえに正しい知識も持たず、ある意味思い込みで突っ走った――もしくは迷走した――結果が今の彼なのではないかと」
「う~む……ありそうなと言えばあり得そうな……」
「……周りに比較の対象がいなかったゆえの悲劇……いや、喜劇なのか?」
ここでしかし――と異論を差し挟んだのは軍務卿である。
「嘗てはともかく、今は友人にも師にも、魔術を心得た者に不足は無い筈では?」
「それがもう一つの元凶なのやもしれません」
「もう一つの……」
「元凶……?」
「然様。言うなれば……〝これは話すべきなのか、下手に話すとまたぞろ目立つだけではないのか〟――という警戒と逡巡があるのではないかと。それが何かを隠しているような雰囲気を生み出しているのかも」
「う~む……」
「魔術だけではなく、食習慣や武術についても、教え導く者がいなかったのか……」
「これは……ひょっとして問題ではないのか? ……いや……幸運と言うべきなのかもしれんが……」
湖水地方の教育環境を見直すべきではないかと考え込む国王たち。しかし、現状なればこそ、ネモのような逸材が生まれたとも言える。……だが……罷り間違って王国に仇為すような「逸材」が生まれてしまっては……
やはり人材配置を見直そうと決意する国王であった。
――だが、今はそれよりネモの事である。
学園長の見解は、随分とネモに好意的なものではあったが、少なくともネモから――隠しきれずに――滲み出る違和感を説明する事に成功していた。
しかも……これに関しては説得力のある証拠――と言うか実例――が存在していた。
「そう言えば……例の【生活魔法】の事がありましたな……」
何とも言えぬ表情で、内務卿がその「実例」を口にする。
「ディオニクスを焼き殺す【着火】か……それについての進展はどうなっておる?」
「は……教師の中から二人ほど、【生活魔法】を次のステップに進めるのに成功しております。また、Aクラスの生徒の中にも一人か二人、これに成功している者がいる様子」
「……ジュリアン、コンラート……其方らはどうなのだ?」
「……その……」
「申し訳無く……」
「あぁ、いや……咎めておるわけではない」
きまり悪げに謝罪する国王に、学園長が言葉をかける。
「斯く言う儂も、未だに成功しておりません。……どうも、憖【生活魔法】や【魔力操作】を身に着けた者は、無意識に魔力を絞ってしまう癖が付いておるようで……」
「あぁ……」
「なるほど……言われてみれば……」
自分でも挑戦して失敗続きであったらしい内務卿と軍務卿が、腑に落ちた様子の声を上げた。
「何しろネモ君は、【魔力操作】のスキルが生えるほど一心に、【生活魔法】を鍛えておったようですからな。半端に【生活魔法】を使える者ほど、先入観が邪魔をして、省力化してしまうようです」
「では……寧ろ、正式な魔術など習っていない者の方が……?」
「上手くいく可能性はありますが……その前に、相応の魔力量を有するという条件がありますのでな」
「あぁ……」
「そっちがあったか……」
「その点で言えば、寧ろCクラスやDクラスの生徒の方が向いておるやもしれませぬが……」
「……この件を迂闊に広めるわけにはいかん――という事だな?」
「御意。ゆえにこそ、目下は教師とAクラスの生徒に留めておるわけでございまして」
【生活魔法】を戦力化できるとなると、下手を……いや、上手くすれば魔法戦力を数倍に跳ね上げる事になりかねない。弥が上にも慎重に事を運ぶ必要があった。
「ふむ……当面はその方針を墨守する方が良かろう。……それと……ネモという少年からは、くれぐれも目を離さぬように。……それと、ここでの事は他言無用にな。殊に、ネモという少年の事については、な」
「「「――は、承知いたしました」」」