第三十二章 オルラント王城 2.査問会 或いは 最低文官(その2)
~No-Side~
――共犯者ではないのかと指弾された小役人は、必死になって否定する。反逆者の烙印を押されて処刑されるかどうかの瀬戸際である。無様だの見苦しいだの言ってられるか。
「め、めめめめ……滅相もございません!」
「違うと申すか?」
「言うまでも無き事! 我らはただ――」
「ただ――何じゃ?」
ただ、予算をピンハネしようとしただけだ――と続けられたらどんなにいいか。
冷え冷えとした声で追及されるが、小役人はその先を続ける事ができなかった。……あわあわと、言葉を発し得ぬ口を動かすばかりで。
蔑むような視線をくれた後で、国王は特務騎士団団長の方へ顔を向ける。
「此度の件では、生徒たちを狙う二つの徒党がおったそうよな?」
「――は、如何にも」
「そのうち一方……三馬鹿なる者どもの実家を見張っておれば、今回のみならず先だってのディオニクスの一件も、未然に阻止できた筈……とあるが?」
「その儀なれば、否定はいたしませぬ。然れど――」
「――然れど?」
「そのための人員配置の予算を、無駄と断ぜられて削減されては……我らとしても如何ともしようがございませんでした」
ふむ――と頷いた国王は、冷然として沙汰を下す。――ここは既に詮議のための場ではない――断罪の場なのだ。
「つまり……財務の専横により、王国の安寧が危機に曝されておる……そういう事であるな」
その結論に、重々しく頷いて同意を示す国務卿たち。
だが――今回の議題はそれだけではない。監査院の長が口を開く。
「今一つ――監査院の方に、財務の者からの告発状が届いております」
「ほぉ……内部告発とな。……聞かせてもらおうか」
財務卿の眉間の皺が深くなり、役人どもの顔は紙のように白くなった。
「――は。細々した部分を割愛して要約いたしますと、一部の者が国家予算を不当に横領して私腹を肥やしておる由。一例を挙げますと……七年ほど前に財務が職員の保養用として購入いたしました屋敷、当時としては破格の……と言いますか、不当なほどの高値で購入しておりましたが、今年に入ってそれを売却しております。……今度は不当なほどの安値にて。しかも、それに関わった周旋屋が、とある上級職員と懇ろなる者でございました」
「ふむ……その上級職員とは?」
――財務卿の顔が苦しげに歪む。
「ユング・ムーンロウ。ジェイズ・ムーンロウ財務卿の孫でございます。また、彼の者には長年に亘り部下の女性に狼藉を働きし嫌疑もかかっておる他、色々と余罪もあるようで、未だ詮議中にございます。とりあえず背任横領につきましては有罪が確定しておりますので、ユング・ムーンロウは収監されてございます」
「見苦しき話よな」
「御意」
「未だ詮議は終わっておらぬと言ったな? ならば今この場にて、王の権限を以てユング・ムーンロウの貴族籍を剥奪する!」
それはつまり、量刑に関して一切の手加減を許さぬという、王の意向の表明であった。財務卿は苦しげな表情を見せたが、その口から抗弁の言葉は出なかった。一方、手加減無用との王命を聞いて、断罪される側の小役人たちは震え上がった。財務卿の孫が貴族籍剥奪なら、自分たちはどうなるのか。
その疑問は直ぐに解けた――王が自ら発した言葉によって。
「……私腹を肥やしておったのは、その者ばかりではあるまい」
「御意。末端の者どもに関しましては、今も内偵を進めておりますところにて、直にご報告できるかと存じます」
「うむ。王国に仇為す国賊ども、一匹も余さず成敗いたせ」
「ははっ!」
――木っ端どもの何名かは、もはや失神せんばかりである。
「……では沙汰を下す。……ムーンロウ家は以後、国務卿の任より外す。それ以外の量刑については、追って沙汰する。また、財務は当面監査院の全面的な監視下に置く。既に決定された予算は一旦凍結、不審なところが無いと判明せしものから順に施行せよ」
「「「「「はっ!」」」」」
――査問会の幕が下りた。
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