第三十一章 冒険者ギルド 3.従魔術講習
~Side ネモ~
従魔術講習というのを申し込んで三日目の土の日、従魔術の講師だという爺さんに紹介された。何でも引退した従魔術師で、冒険者ギルドに頼まれて時々講師を引き受けているんだという。現役の頃は冒険者としてもブイブイ言わせていたそうで、学園の講師陣とも知りあいらしい。総じて言うと、講師には打って付けの人材というわけだ。
「【従魔術】の講習も久しぶりじゃが……スライムが従魔というのはまた珍しいのぅ」
あぁ……そう言えば、スライムは従魔にできないんだっけ? コンラートのやつがそんな事を言ってたな。
「いや、正確に言えば少し違うのぅ」
そう言って爺さん先生――フォゼカイアって名前らしい――が話してくれたのは……
「……人気なんですか? スライム」
「うむ。飼うのが簡単なのに警戒能力が高いでのぉ。人気はあるんじゃが……如何せん、テイムが極めて難しいんじゃよ」
「友人は〝テイムできない〟と言っていましたが?」
「実質的にはその通りじゃ。凡そ【従魔術】というものは、最低でも術師の方から動物もしくは魔物の側へ、交渉の意思を通じる事ができんでは話にならん。しかるに、スライム相手にはそれがほぼ不可能なんじゃよ」
「……従魔として人気だって言いませんでした?」
言ってる事が矛盾してるだろう。ボケ始めてんのかこの爺さん? ……そう思っていたんだが、事はそれほど単純なもんじゃないらしかった。
「……つまり、従魔術師からスライムへ契約を持ちかけるのはほぼ不可能で、偶々人懐っこいスライムが寄って来た時だけ、契約が可能だと?」
「そういう事じゃ。ちなみに、スライムが寄って来る相手というのも、【従魔術】の有る無しとは無関係のようでのぉ、術など全く持っておらん一般人に懐く事も多いんじゃ」
「……そう言う場合、後付けで【従魔術】が生えてくるもんだと聞きましたが?」
確かコンラートのやつはそう言ってたよな?
「普通の場合は確かにのぉ、そういう事も多いんじゃが……」
「……スライムの場合は違うとでも?」
「うむ。なぜかは能ぉ判らんが、スライム相手の場合は滅多に生えてこんのじゃよ、【従魔術】」
「……そういう場合はどうなるんです?」
「大抵はそのままペット扱いじゃのぉ。じゃがまぁ、飼っておればスライムの気持ちなども少しずつ解ってくるもんでな。長く飼い続ける者が大半じゃな」
「他の従魔術師に譲るとかは?」
「そもそもスライムが懐かんのでな。以前に飼い主を殺してスライムを奪い、従魔化しようとした事件があったんじゃが、怯えたスライムが逃げ出しておじゃん――という結果に終わっての」
「……殺した側も殺された側も、殺し損殺され損ってわけですか?」
「そういう事じゃ。以来、スライムを奪おうなんて間抜けは出てこんの」
……奥が深いと言うのか、業が深いと言うのか……凄ぇな、スライム……
「ま、そんなこんなで、坊のようにスライムを手懐けて、あまつさえ【従魔術】まで得たというのは、稀有な例と言えるんじゃ。況してそのスライム、ただのスライムではないそうじゃの? ……あぁ、心配は要らん。ちゃんとギルマスから話は聞いておる」
ならいいが……そうするとヴィクを連れているだけで目立つのか?
『……マスター?』
『あぁ、ヴィクが気にする事じゃない。心配すんな』
「ふむ……そのスライム、お主の事を気遣っておるようじゃの。良い子に当たったようじゃな」
そうだろう、そうだろう。何たって俺のヴィクは人懐っこい上に、賢くて強いからな。
「(……早くも従魔馬鹿の気配が見えつつあるのぉ……)――何じゃったらただのペットというふりをする手もあるが……坊の場合、他の事で充分目立っておるようじゃし、今更じゃろう? 素直にスライムをテイムしたとしておいた方が無難じゃろ。……それに第一、この講習を受けておる時点で隠しようもあるまいが」
……おぉ……そう言われればそうだ……。スキルは生えなかったがヴィクの世話をするため――と強弁する事もできなくはないだろうが……後々の事を考えると、ここは素直にカミングアウトしておく方が良いか。
「従魔術師は冒険者や護衛としても人気者からのぉ。受注できる依頼の幅も増えるわけじゃからな」
ほほう、それは中々に良い話だな。
・・・・・・・・
~No-Side~
従魔術講習の初回を終えたネモが帰宅した後、ギルドマスターの部屋でフォゼカイア師とギルドマスター、サブマスターの三人が顔を合わせていた。
「――それで、どんなもんです? 老師のお見立ては?」
話の口火を切ったのは、ギルドマスターのイーガンであった。
「ふぅむ……一筋縄ではいかん坊じゃの。隠しておる事も一つや二つではあるまいよ。ただまぁ……為人という意味では大丈夫じゃろうよ」
「あの、特異個体のスライムを預けてても大丈夫って事ですかぃ?」
「ふむ。スライムはそもそも、凶暴性のある人間には懐かんのでな。スライムも温和しいもんじゃったし、すっかり気を許してもおるようじゃったし、危ない事はあるまいよ」
「……あの坊主の戦歴を見る限りじゃ、危険は無ぇって言われても、鵜呑みにゃしかねるんですがね」
「詳しゅうは知らんが……そりゃ坊の能力の事じゃろう? その威力は凶悪なのかもしれんが、それと坊の性格とは別の話じゃろう。余程に怒らせた場合は知らんが、普通に接しておる限りは、無闇に暴れ廻るような事はあるまいよ」
「その、怒らせた場合ってのが問題なんですがね……ま、とにかくありがとうござんした」
「騎士団の方にもそう伝えても?」
「あぁ。儂の名前を出してもらって構わんよ」