第二十九章 暗くなるまで待って 7.キャンプハウス 02:48~03:26
~Side ドルシラ~
部屋の外に出てみたんですけれど……息苦しいというほどではありませんけど、やはり視界は悪いですわね。
『おじょうー あっちに てきらしいのが いるよー』
用心しながら進んでいると、ヴィクさんが賊らしき気配を察知したようです。
……私の事は「お嬢」呼びなんですのね……いえ、問題はそこではなく……
『……どこですの?』
『あそこー とびらのかげー』
目を凝らすと……確かに、怪しい男がバンクロフツ隊長の様子を窺っています。煙に紛れて、隊長は気付いていないようです。……仕方ありませんわね。
(「ファイアーバレット!」)
火魔法の一つで、初級のファイアーボールより弾速の速いファイアーバレットで先制します。……上手く命中して、曲者は倒れたようです。建物には抗魔法攻撃の付与を施していますけど、曲者の方はそんな準備はしていなかったようですわね。想定が甘いですわ。……建物は付与済みですから、外れ弾とか延焼を気にせず撃てるのもいいですわね。
「そこかっ!」
突然煙の中から現れた男が、私に向けて火魔法を……
『しょぼーい』
……放ったのですが……ヴィクさんが触手を伸ばして、【ファイアーストーム】をあっさり吸収しておしまいになりました。ヴィクさんは気付いていたようです。
……と言うか……【ファイアーストーム】は一応【ファイアーボール】の上位の魔法なのですけれど……しょぼいんですのね……
あぁ……賊も、騎士さんたちも……呆然として固まってらっしゃいますわね……
「ばっ――馬鹿な!」
気を取り直した曲者が、改めて【ファイアーストーム】を、今度は二発放ったのですけど……
『ちゃっちーい』
……あぁ……二発ともあっさりと掻き消されて……ヴィクさんにとってはちゃちいんですのね……
あ……呆然と立ち竦んでる曲者を、黙って歩み寄ったバンクロフツ隊長が殴り倒して……
『おじょうー てきっぽいのは もういないよー?』
……どうやら終わったようですわね……
――02:51 状況終了――
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~Side ネモ~
ヴィクからの念話によると、どうにか侵入した連中は片付けたようだ。生徒への被害はゼロ、騎士団の皆さんも怪我らしい怪我はなく、完勝ってところらしい。
まぁ、向こうの動きを読み切った上に、人数もこっちの方が圧倒してるんだ。ゲームみたいに不意討ちを喰らわなけりゃ、こんなもんだろう。
侵入したやつらは六人で、うち三人ほどは息があるらしい。俺が片付けた見張りも入れれば、四人の生存者がいるって事だ。
「そこでだネモ、来る途中にも色々と素材を採集していたようだが……ティラの手持ちは無いかな?」
マーディン先生が訊ねているティラってのは、木の枝なんかに生える着生植物の一種だ。前世の日本にもあったサルオガセっていう地衣類に似たやつだ。……いや、生態的には寧ろスパニッシュモス――こっちはパイナップルの仲間――に似てるというべきか。薬の原料とかになるみたいなんで、一応採集しておいたんだが。
「……一応採集しましたけど、あまり多くは採ってませんよ? 今の俺じゃ技倆的に扱えそうにないんで」
参考品に採っておいただけなんだよな。素材として売れるかどうか確認して、何だったら帰りに追加で採集するつもりだったから。
「いや、それ程の量は……充分だ。悪いがこれを譲ってもらうぞ。あぁ、代金は後で学園の方から支払うから」
「いえ、それは構いませんが……誰か怪我でもしたんですか?」
何に使うのかと思って訊いてみたんだが……マーディン先生の答は俺の意表を衝くものだった。
「――解呪薬? 呪いを解くって事ですか?」
「あぁ。さっき【鑑定】してみたら、自決用の呪いがかけられているようなのでね。……ネモが捕らえてきた連絡員にはかけられていなかったが」
……かけられてました。俺が【眼力】で壊呪しただけです。……しまったな、解呪薬なんてものがあるんなら、余計な事しなきゃよかったよ。
「……そんな薬があるんですね……」
「言っておくが、全ての呪いについて解呪薬があるわけではないぞ? 今回の呪いは偶々対処できる薬があっただけだ」
……とは言うものの、そういう薬があるという事は知っておくべきだな。【眼力】を誤魔化す上でも役に立ちそうな知識だし……一応、作り方とか聞いておくか。