第二十九章 暗くなるまで待って 6.パニックルーム 02:40~02:47
~Side ドルシラ~
『ヴィクさん、外がどうなっているか、判りまして?』
『んー ごちゃごちゃしててー よくわかんないー』
どうやら突入して来た賊と乱戦になったようですわね。敵味方入り乱れての混戦となると、幾ら感覚の鋭いスライムでも、区別するのは無理なようです。
「レンフォール嬢、部屋の外の戦況は?」
マヴェル様がお訊ねになりましたけど、錯綜しているようで判らないとお答えするしかありませんでした。
「さすがに乱戦になったら無理か……」
「スライムに敵味方を区別しろと言うのが無理でしょう」
「と言うか、僕らにだって判るかどうか怪しいよね」
「……少なくとも、戦闘の音は近寄って来ていません。このまま食い止められるのでは?」
エルメインさんはそうおっしゃいますけど、
「問題は、逃がさずに捕縛できるかどうかでしょう」
マヴェル様はその先を案じておいでのようです。
エンチャントで固めたこの部屋に、しかも親衛騎士団と一緒に立て籠もっていれば、どれだけ手練れの刺客であろうと、辿り着くのは難しいでしょう。
「……どっちかと言うと、ネモが無茶をしないかどうかの方が懸案事項じゃないか?」
……カルベインさんのおっしゃるとおりかもしれませんわね。皆さん考え込んでおしまいになりました。
『なんだか けむーい』
……ヴィクさん? どうかしましたの?
『なにかねー もえてるみたいー けむりがきてるよー?』
「……煙だと?」
「キャンプハウスは防火のエンチャントで固めた筈だぞ?」
「いや……建物以外の可燃物には付与してない。そっちが燃え始めたのかもしれん」
「だが……建物が火に包まれるような事は無いだろう?」
「問題は煙だ。空気清浄化のエンチャントは一応かけてあるが……煙に巻かれるまでは想定していなかった」
……こちらにも想定外の事が起きたようですわね。
「……已むを得ん。マット、グロス、外の様子を確認に行け。何かが燃えているようなら、できるだけ消してこい」
「「はっ!」」
マクルーア隊長は親衛騎士二人を外に出す決断をなさいましたけど……手が足りませんわね。
「お待ち下さいな、マクルーア隊長。私とヴィクさんも参ります」
「レンフォール嬢?」
「無茶だ!」
「ご厚意はありがたいが、これは自分たちの任務です。貴顕の方のお手を煩わせるには及びません」
邪魔だから引っ込んでろ――という意味ですわね? けれど、私も伊達や酔狂で名告り出たわけではありませんのよ?
「マクルーア隊長、ここまで煙が来ているという事は、部屋の外は煙に覆われている可能性もありますわよね? 視界の利かない状況で、どうやって様子を確認するおつもりですの?」
「――しかし……」
「ヴィクさんでしたら、煙を通して周囲の様子を探る事ができますわ。そしてヴィクさんにお願いする以上、【従魔術】が使える私が同行するのは必然ですわよね?」
「……ですが、あまりにも危険では?」
「物理攻撃も魔法攻撃も無効化できるヴィクさんが、護衛に就いて下さいますのよ?」
マクルーア隊長は暫く逡巡しておいででしたけど、
「……隊長、ここはレンフォール嬢の申し出を容れて下さい」
「……マヴェル殿?」
「我々も魔導学園の生徒であり、それ以前に貴族の末席を汚す者です。いつ、何を為すべきかの判断については、子供の頃から叩き込まれています。何より、そのヴィク君がいれば、不意討ちも魔法攻撃も心配無用です。……万一の時の責任も、我々が取ります」
「…………マット、グロス、命に替えてもお嬢様をお守りしろ!」
「「はぃっ!」」
――02:47 ドルシラ・レンフォールを含む三名、室外偵察を強行――