第三章 学園生活始動 3.テーブルマナー
~Side ネモ~
昼食は学園の食堂で摂る。食券を購入するタイプかと思っていたら、案に相違してバイキング形式だった。バターをこってり使った豪勢な料理が多いけど、朝と晩はどちらかと言うと簡素な料理を食べてるからな。昼ぐらいはこういう料理を食べてもいいだろう。飽きたらその時は、弁当でも作って持ってくればいいわけだ。
お嬢様方の希望を慮ってか、カロリー控えめの野菜料理なんかもそこそこ充実してるから、夏バテの時にも大丈夫だろう。……夏バテなんかした事は、前世現世を通じて無いけどな!
籠に山盛りにして置いてあるパンは、ふかふか柔らかな白パンだ。美食系ラノベとは違って、こちらの世界ではちゃんと二次発酵まで済ませたパンが存在している。まぁ、庶民階級は白パンなんかにゃ縁が遠いんだが、少なくともここの食堂では白パンが食べ放題だ。下町には黒パンもライ麦パンもあるようだし、白パンに飽きたらそういうのを持参してもいいだろう。あぁ、夢が広がるなぁ。
故郷で野生種の米、それも所謂ジャポニカ種に近いものが自生しているのを発見してからは毎年それを確保しているし、湖に生える水草の中から昆布に似た味わいのものも見つけているしで、前世日本人としての食生活への飢えはそこまで無い。抜かり無く【収納】してこっちにも持って来ているしな。パンに飽きたら握り飯の弁当を持ち込むという手もある。故郷の雑穀だと言えば、咎められたりはしないだろう。主食への備えは万全だ。
スープを始めとする前菜も魚料理も肉料理も、すべて幾つかの種類が用意してある。それに応じてソースも何種類か用意してあるから、色々試してお気に入りを探せばいいわけだ。……さすがに味噌と醤油は諦めてたが、大根おろしとポン酢も無いか。
飲み物も何種類かあるが、全部ソフトドリンクだな。アルコールは抜きか……
いや――別に酒が飲みたいって言うんじゃなくて、確か中世だと殺菌された飲料水を確保するのが難しかったから、弱いビールやワインを飲んでいるとか、前世で読んだ憶えがあるんだよ。俺が育ったところは湖沼地帯で、飲料水には不自由しなかったけど、他の土地の水事情は違うのかと思ってな!
……嘘です。久々に飲みたくなっただけです。宿屋に寄宿しているのに、女将さん、飲ませてくれないんだもんな。子供にはまだ早い――とか言って。貴族階級なら食前酒とか食中酒とか食後酒とか飲んでると思ったのに……やっぱり学校で酒は出さんか。
まぁ、酒は別途入手方法を考えるとして、今は昼食を楽しもう。
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~Side クラリス~
あたしたち平民出身者には、食堂の壁は高過ぎた。
……何を言っているのかと思われそうだけど、要するに食堂と食事が立派過ぎて、何をどうやって食べたらいいのか全く判らないのよ。あたしの実家は商家だけど、ここまで立派な食事には縁が無かった。ナイジェルは固まってるし、レベッカさんも途方に暮れている。
どうしたらいいんだろう……
「……もう、適当に選んで適当に食えばいいんじゃないのか……?」
ナイジェルはそれでいいかもしれないけど、あたしとレベッカさんは一応年頃の女の子だし、あんまり不作法な真似はしたくない。あぁ、こんな事になるんだったら、神官様にでも食事の作法を聞いておけばよかった。
「もうこうなったら、誰かの真似をするしか……」
レベッカさんはそう言うけど、誰の真似をすればいいのよ? 頼みの綱の貴族様方は一塊になってるし、あそこに近寄るのは気が引ける。そこは一応同じ学園の生徒だし、頭ごなしに咎められたりはしないと思うけど……
「同じ下町出身の先輩とかはどうなんだ?」
「ナイジェル、あんた、誰がその先輩なのか判る?」
「……いや……先輩らしいのがいるのは判るけど、みんながみんなお上品に食べていて……」
「皆さん、マナーがしっかりしてますよね……」
「そもそも、あからさまに下町っぽい食べ方を真似るわけにはいかないでしょ?」
「そうなんだよなぁ……」
途方に暮れているとレベッカさんが、
「ねぇ、あの子は? 独りみたいですよ?」
レベッカさんが指し示す方を見ると、背の高い男の子が独りで料理を選んでいた。食事の作法についてはまだ判らないけど、いかにも物慣れた風に見える。
「あ、あの人……」
「平民のクセしてAクラスに潜り込んだやつだろ? 確か、ネモとか言ったっけ」
「Aクラスなら、こういう場所にも料理にも慣れてるんじゃないですか?」
「いや……けど……俺たちと同じ平民出身の筈だぞ? あいつ」
「もうこの際何でもいいわ。他に頼れそうな人はいないんだし、あの子の食べ方を真似しましょう」
「同じ料理を選んで、食べ方も真似すればいいですよね」
「マジかよ……」
ナイジェルは不満そうだけど、他に当てがあるわけでもなく、結局あたしたちはネモ君の後を蹤いて廻って、同じ料理を取って同じように食べる事にした。
「……ネモ君、白パンに慣れてるみたいですね」
「バターはその場で塗らずに、皿の端に乗せるのね」
「その場で塗ってる人もいるみたいですよ?」
「あれって、バター用のナイフなのか? 持ってっていいのか?」
「……魚料理、二種類のソースをかけましたね」
「食べ較べるつもりなのかしら?」
「よし! 俺もやろ!」
「ナイフとフォークの使い方が綺麗ね……」
「……俺、ナイフとフォークを使って食べた事なんか、数えるほどしか無いぞ?」
「わたしもです。切り分ける必要のあるお肉なんか、滅多に出ませんでしたから」
「だよなぁ……」
「あ……へぇ、パンでお皿に残ったソースを拭い取るのね……」
「……お皿、綺麗になりましたね……」
「あぁいうのはマナー違反じゃないのか?」
「違うみたいよ? 今こっそり見てみたんだけど、他にもそうやってる人がいるし」
「これは……教えてもらわないと気付きませんよねぇ」
「……あいつ、何でそんな事まで知ってんだ?」