第二十九章 暗くなるまで待って 1.キャンプハウス 02:00
キャンプ篇の(多分)クライマックス開幕です。
~No-Side~
古めかしく言えば草木も眠る丑の刻、現代日本風に言えば深夜二時、闇の帳に囲まれた屋根の上で、小さな影が動いた。
『マスター ひとり ちかづいてくるよー』
『一人だけか?』
『うん ひとりー』
スライムならではの鋭い感覚で曲者の動きを見張っていたヴィクからの報せを受けて、ネモは仲間に合図を送る。起きているのを気取られるわけにはいかないので、灯りの類は一切点けていないが、魔導学園の生徒ともなれば、【暗視】スキルを持つ者も一人や二人ではない。ハンドサインで充分事足りた。
『よし……そろそろ頃合いだろう。曲者の行動を確かめたら、ヴィクもこっちへ戻って来い』
『はーい』
ヴィクへの指示を終えたネモは、今度は囁き声で仲間に指示を出す。
(「敵は予想どおり動き出した。総員配置に付け」)
(「諒解。ネモは予定どおりに出るんだな?」)
(「あぁ、悪いが一足先に出させてもらう。今のところ、敵の動きは想定どおりのようだからな。こっちも予定どおりに動けばいいだろう」)
――そう。全ては前日決められた計画どおりに動いていた。
・・・・・・・・
キャンプ最終日の前日までに襲撃が無かった事から、ネモは――ゲームの展開どおりに――最終日の深夜に襲撃があるものと判断していた。これについては教師陣も騎士団も異論は無かった。問題となったのは、予想される襲撃に如何に対応するかである。
生徒の安全を考えるなら、夜通し警戒態勢を続け、王都からの増援と合流して帰投すればいい。こちらが警戒怠りないと見れば、敵も無理押しはしてこないだろうし、仮に無理攻めをしてきたとしても、撃退するのは可能だろう。しかし王都の頭でっかちは、刺客一味を誘き寄せて、一網打尽にする事を夢見ているらしい。
騎士団の精鋭がいればならず者など鎧袖一触、根刮ぎ捕らえて吟味すれば、簡単に口を割るだろう――と、大層な鼻息であったそうだが……捕らえた斥候が覚悟の自害をした事から、金で雇われただけの破落戸ではないらしいと判明し、敵兵力の算定が甘かったと追及されて青褪めている由である。
王都と交信している事を魔力の動きで悟られては拙い――という理由で、件の「秀才」殿から魔導通信機の使用を禁止されているのをこれ幸いと、こちらからは一切の連絡を断っている。呼びかけの頻度が増加している事から、王都は危機感を覚えているのだろう――と、しれっとした顔で報告したのは、特務騎士団のバンクロフツ隊長であった。
――王都の混乱は措くとして、現場ではどう対応すべきか。
教師陣は当然のように安全策を主張したが、これに異論を呈したのがネモであった。安全策と言えば聞こえは好いが、その実は相手に主導権を明け渡す事に他ならない。それでは効果的な防衛ができない、危険の芽を今後に残す事になる――と、懸念を表明したのである。騎士団サイドがこの意見に同調したため、教師陣も無下に却下しづらい流れとなっていた。
本音を言えばネモとしては、ここで下手に守りに入られると、ゲームの展開から大幅に外れる事になり、今後の予測が立てにくくなる。それならいっそゲームのとおりに、刺客どもに襲撃させてからこれを撃退した方がマシ……という、決して表沙汰にできない理由あっての事だったのだが。
〝数の優位はこちらにあるんです。それを上手く活かせば、効果的な対応は可能でしょう〟
〝待てネモ、数の優位と簡単に言うが、碌な戦闘訓練も受けておらん子供を戦いに投じるなど、教師としては賛成できん〟
〝数の優位を活かすのは、何も戦闘ばかりとは限りません。最も簡単な例を挙げれば、こっちが二手に動くだけで、向こうは困難な決断を強いられるんです。二手に分かれれば戦力は劇的に低下、片方を放置すれば挟撃の危険がある。諦めて撤退しようにも、既に二方面から挟まれた状況にある。こちら側としては、増援が来るまで包囲を固めるだけでいい〟
こちらが先手を取って動く事で、敵に狙いを絞らせないようにできる。遣り方次第では、王子たちの護衛は寧ろ容易になる筈だ……との指摘を受ければ、教師側も反論はしづらかった。
加えて、肝心のジュリアン王子がネモ案に賛意を示した事もあって、当初難色を示した教官たちも渋々同意するに至る。
〝そうなると、これは生徒全員の協力が不可欠になります〟
――というネモの提言を受けて、座学の時間を迎撃計画の策定に当てる事になった。外から様子を窺っても、普通に講義を受けているようにしか見えないのがミソである。
ゲームの展開を知っている事から、ネモは敵襲に対する効果的な迎撃――防衛ではない――計画を提示する事ができた。そしてそれは――教師陣が内心で落胆した事に――生徒たちに満場一致で採択されたのであった。
大丈夫なのかこの学園?