第二十八章 郊外キャンプ~四日目・昼の部~ 4.調薬実習
~Side ネモ~
昼食を挟んで午後の講義は、貴族組お待ちかねの調薬実習だ。外廻りで受講できなかったっていう講習会のダイジェスト版みたいなもんだな。今回は解毒剤の調合が追加されてるが……これってやっぱり、刺客の襲撃を考えての事だよなぁ……
講義は非常時の心構えのようなものから始まった。
戦地ではポーションを丸々一本飲むなんて贅沢の沙汰で、小分けにして少しずつ飲むものらしい。一人を完全に回復させるより、数人を動ける程度に回復させるのが基本なんだと。……時と場合によっては動けないやつらを放って置いて、少数の兵士を完全回復させて突っ込ませる――なんて事もあるそうだが。
「……ちなみにこの場合、生存率が高いのはどっちか判るかね?」
――なんてブラックジョークを先生がかましたもんだから、生徒たちは引き攣ってた。……答えは教えてもらえなかったけどな。
不充分な場合だけでなく、ポーションを過剰摂取した場合の弊害についても教えてもらった。俺もラノベ的な知識しか持ってなかったからこれは助かったが……飲み過ぎて廃人になった例があるって……そんな物騒なもんなのかよ、あれ。
ちなみに、敢えてクールタイムを無視してポーションをガブ飲みさせる事もあるそうだが、それは――
「……必要な情報を訊き出すため――っていうのがなぁ……」
「一人の命より多数の安全――っていう事なんだろうね」
理屈では解るんだが、何とも遣る瀬無い感じだ。
そういう気の滅入る話の他に、道具の無い状況での調薬方法についても教わった。最悪、原料の薬草を生齧りさせるような方法でも、やらないよりはマシなんだそうだ。
「ポーションに加工する利点の一つは、摂取し易くするという事だからな。それを無視するなら、原料そのものを食わせるという選択肢もあるわけだ」
味の方は保証しない――って言った後で実際に試食させるあたり、この学園の教師も良い性格をしてるわ。ポーションの有り難さが解ったかと宣うんだが……
あ、味と言えば、仮免講習会で俺が教えた子供向けの調合については黙っておくようにと、講義の前にマーディン先生から釘を刺されたよ。薬師ギルドから新製品として売りに出すそうだ。特許料みたいなのが少し入るそうだから、俺としても文句は無い。実家に帰った時、家族にも一応話を通しておいたしな。
薬草の場合、同定ミスは文字どおり命取りになるという事で、間違い無く選別できるようにと実物を見せられた。……とは言っても、原料となる薬草の採取実習は難しい……と言うか、そもそもこの辺りに生育していないものもあるわけで、鉢植えにした薬草の実物を見せるだけでお茶を濁されたんだが。まぁ、全員で採取の実習とか言い出した日には、どんだけ時間がかかるんだって話になるし、これは仕方のない事だろう。
そういった前置きが終わったところで、愈々調合の実習に移ったんだが……
「――おぃフォース、そっちじゃねぇ。その前にこいつを先に――って、あぁ……混ぜちまいやがった……」
「え? ……最終的には一緒に混ぜるんだろ? 少しくらい手順が前後しても大丈夫……じゃ、ないのか?」
「……よしフォース、今度何か料理を作る時には、お前だけ材料のまま食わせてやる。最終的には腹の中で一緒になるんだから、それで文句は無いよな?」
「じょ、冗談じゃ……あぁ、解ったよ」
「……ったく、練習とは言え薬の原料なんだぞ。ちゃんと作れば誰かの命を救う事になるものを、下手やって無駄にするんじゃねぇ」
「……解った。気をつける……」
ジュリアンのやつは調合の手順とかうろ憶えのままで、なのに決断は早いときているから始末に負えん。結果的に今のような間違いをやらかすしな。
……思うんだが、こいつに指揮官は任せられんのじゃないか? ゲーム本篇のとおり、鉄砲玉ぐらいしか使いどころが無いだろう。それか、機械的に判子を押すだけのお飾り文官だな。
「……おぃこらマヴェル、まだ原料が潰れてないだろうが。いい加減に切り上げるんじゃねぇ」
……コンラートはコンラートで、材料を充分に潰さないままで次のステップに移ろうとしやがる。意外とせっかちなんだな、こいつ。ゲームではそんな話は出てこなかったんだが。
「しかしネモ、実際の場では、のんべんだらりと作っている暇が無い時もあるだろう」
「……だな。古来、兵は拙速を尊ぶとも言われている」
エルの場合はせっかちというより、アスランを連れて脱出した時の事がトラウマになってんじゃねぇのか? コンラートの方は兵書を引用しているが、こっちは苦し紛れの抗弁だな。
「拙速過ぎだ馬鹿野郎。そんな不充分な処理をするから、三人分の材料なのに一人分しかできてないだろうが。残りの二人分はどうすんだ? 見殺しにするってのか?」
――と、言ってやったら渋々納得していた。
「ネモさん、私の方はどうですかしら? これで宜しくて?」
……ふんすという感じでお嬢が自分の分を見せてくるんだが……
「……お嬢、言いにくいんだが……時間をかけ過ぎだ。確かに跡形も無く潰れちゃいるが、時間が経ち過ぎたために成分が変質してる。……色が変わってんのが判るか?」
「あ……あら……」
……こういう失敗例は、俺も初めて目にしたな。差し詰め、「時(間)をかける少女」ってところか。
「はぁ……まともに出来上がったのはリンドロームだけか……」
「はは……あまり手際は良くないけどね」
「使えるもんが出来上がったんなら上等だ。経験があるみたいだな?」
「魔術を志す者として、故郷にいる時に簡単な手解きは受けたからね」
あぁ……そう言えばこいつ、ラティメリア王国では将来を嘱望された魔術師の卵だったっけな。それなりの英才教育を受けたってわけか。
「それじゃあ、エルの面倒はリンドロームがみてくれるか? 俺は残り三人の尻っぺたを叩くんで忙しくなりそうだからな」
問題の三人がヒクっとしたようだが……知った事か。先生に指導を押し付けられた以上、俺流にキッチリとやらせてもらうぜ。
次回はいよいよ襲撃&迎撃シーンになります。乞うご期待?