第二十八章 郊外キャンプ~四日目・昼の部~ 3.ウィルダネスファーストエイド
~Side ネモ~
そんな話をしているうちに、オーレス先生の講義は骨折の話に進んでいた。……副え木の当て方か……そう言えば、前世の保健の授業でも習ったな……
「あと、諸君らが注意しておくべき事は、骨折時には焦って治癒魔法をかけてはならんという事だ。……なぜだか解るか? ネモ」
――何で俺に!? 私語してたからか!? 話しかけてきたのはエルだってのに、完全にとばっちりじゃねぇか! ……仕方がないのでエルを一睨みしておいてから、俺は先生の質問に答えた。
「骨折時に筋肉が収縮して、骨の位置がずれている可能性が高いからです。……そのままの状態で【ヒール】をかけると、骨がおかしな具合に繋がって、正常に戻すためには改めて骨を折ったり切ったり削ったりする大仕事が必要になるんで」
〝骨を折ったり切ったり削ったり〟――のところで何人かの生徒がギョッとしたような表情を浮かべたが、先生は満足げに頷いた。どうやら及第点を貰えたらしい。
「結構。その事実を踏まえて、骨折時の副え木の意義について説明してくれたまえ、ネモ」
おぃっっ!? まだ無罪放免じゃねぇのかよ!?
「……苦痛を防ぐというのもありますが、主な目的は骨折部がずれるのを――より正確に言えば、ずれたまま癒着するのを避ける事です」
渋々そう答えると、オーレス先生満足げに頷いて、
「手足の骨折なら、一日二日治療が遅れたところで死にはせん。ただしこれには例外もある。何だか解るかね? ネ……」
またしても俺を指名しようとしたので、ジト目で睨んでやったところ……
「……ではなくて、マヴェル」
コンラートのやつ、とんだ迸りだという表情で俺を睨みやがったが、俺だって被害者なんだからな。
「……折れた骨が皮膚を突き破って飛び出ているような場合は、直ちに治療しないと、重篤な炎症を引き起こす事が多いです」
「宜しい。では、手足の骨以外で緊急な措置が望まれるのは? アグネス」
「はい。折れた骨が内臓を傷付けているような場合です。この場合は直ちに治療しないと危険です」
「うむ……その他にはどういった場合が考えられるかな?」
特に誰と指名してはいないんだが……オーレス先生、さっきからチラチラと俺の方を見てるんだよな……はぁ、仕方ねぇ……
「……開放骨折でない……折れた骨が体外に飛び出していなくても、太い血管が傷付いて出血している場合は、出血性ショックを引き起こす可能性があるため、早急な処置が必要です」
挙手してそう答えてやると、先生は満足そうに大きく頷いて、漸く質問から解放してくれた。……それはいいんだが……さっきから部屋の隅にいる騎士団長二人が、何やらヒソヒソと話しながらこっちを眺めてるんだよな……。嫌な予感しかしねぇよ……
・・・・・・・・
講義が一段落付いたところで、実技の講習に入った。副え木の当て方やら止血法やら負傷者の搬送方法やら……応急的な担架の作り方までやるとはね。かなり実践的な授業だな。
「副え木の当て方なんて、実習でやる必要があるのかな?」
エリックのやつがブツブツと文句を垂れているが……
「おぃカルベイン、お前さっきから患者役に腕を上げろだのなんだのと注文を付けてるが、相手が骨折してるって事、解ってんのか? 患者の痛みを考えて、最低限の手順で素早くやらんと拙いだろうが」
「あ……あぁ、そういう事か」
「応急処置ってのは手早くやらんと、助かる者も助からんからな。……だからと言って、杜撰にやれと言ってるわけじゃねぇが」
テキパキと手際良く処置するためには、数を熟して手順をしっかり身に着ける必要がある。今回の講習ではそこまで要求されちゃいないだろうが、それでも手順を憶えているかいないかが、文字どおり生死を分ける事だってあるかもしれん。そう言ってやると、エリックの奴も感銘を受けたようだ。
「さっきの講義の時も思ったんだっけど……ネモは能く知ってるよな」
「まぁ、俺は冒険者ギルドの講習も一応受けてるからな」
「あぁ、なるほどな」
……本当は、前世で野外・災害救急法の講習を受けた経験が活きてるんだけどな。
ま、冒険者ギルドでも似たような事は習ったし、満更嘘ってわけでもないから、大丈夫だろう。