第二十八章 郊外キャンプ~四日目・昼の部~ 2.脱水症状について
~Side ネモ~
大型浄水器を使っての浄水のデモンストレーションは、生徒たちにも好評だった。濁った水が澄んだ水に変わるのを見れば、そりゃ浄水器の効能も解り易いだろう。エルのやつは携帯型の浄水器が気になってたみたいだがな。
水の話で生徒の関心を掴んだ後は、より実際的な応急処置の実習に進んだ。
最初は水繋がりで脱水症や熱中症の話だ。
「……なるほど、兵たちを行軍させる時には必ず休憩を入れると言っていたのは、こういう事だったのか」
感心したように呟いているのはコンラートのやつだが、まぁ前世でも「バターン死の行進」なんて話があったからな。無茶な行軍は命取りだ。……まぁ、その一方で秀吉の「中国大返し」なんて無茶もあったわけだから、原則論で全て押し通すのも問題なんだろうが。
「脱水の場合、自覚症状は喉の渇き以外のところへ出たりするからな。気付きにくいって事はあるかもしれん」
……前世でうっかり水筒を持たずに山歩きに出かけた時は、妙な眩暈と吐き気がして、立ち上がるのも億劫だったからな。あの時は偶々沢の水を飲んで回復したんだが……後で祖父ちゃん祖母ちゃんにこっぴどく叱られたっけ……
「ネモは経験者なのか?」
「あぁ、まぁな。水を持っているかどうかもだが、実際には脱水症状だと気付けるかどうかも重要なポイントだ」
「なるほど……知識も重要というわけだな」
今更何を当たり前の事に感心してやがる。……おっと、経口補水液の話も出て来たか。こっちの世界も案外進んでるんだな。
「……渇水には塩水を飲んだ方が良いのか?」
怪訝そうな声を上げたのはエルのやつだ。ま、先生の説明を聞いておけ……って……オーレス先生ってば、さらりと説明をスルーしたよ。……まぁ、浸透圧だ何だと説明を始めたら、一コマの講義じゃ終わらんからな。無理もないか……
「おいネモ、どういった理屈なんだ?」
……何で俺に話を振ってくる。
「……簡単に言うとだな、血は塩っぱいだろうが。なのに水をがぶ飲みしたら、血が薄くなっちまう。けど、薄い塩水ならその心配が無いから、身体の方も安心してそれを取り込めるってわけだ」
……正確には違う……と言うか、全然正しい説明じゃねぇが、こういった説明の方が直感的には解り易いだろう。生体膜の半透性だの何だの言い始めたら面倒だからな。
……ま、少しだけフォローはしておくか。
「正確に言えば大分違うらしいんだが、俺も詳しくは知らん。ただ、身体のつくりってやつが、真水よりも薄い塩水に馴染み易いってのは事実らしい」
「……待てネモ、真水の中にも魚は棲んでるぞ?」
……しつこいな……
子供の好奇心ってやつはこれだから厄介だ。前世の妹も、現世のチビたちも、そういう点じゃ同じだったな。
「そりゃ、魚の身体が真水向きにできてるってだけだ。海の魚を真水に入れたり、逆に川の魚を海水に入れたりしたら死んじまうからな」
俺の実家は湖水地方だが、タイダル湖って塩水湖もあって、そこには海の生き物なんかも遡上して棲み着いているからな。海水魚と淡水魚の違いは、地元じゃ能く知られていた。……そうだな、何か突っ込まれたら、地元の事情に基づく知識だと言って押し通そう。今回はそれで上手くいきそうな気がする。
なのに、エルのやつときたら……
「……海って何だ?」
「……後でリンドロームに説明してもらえ。今は授業に集中しろ。……あと、何でもかんでも俺に振るんじゃねぇ」
そういう質問に答えるために、教師が同行してるんだろうが。