第二十八章 郊外キャンプ~四日目・昼の部~ 1.清浄な水の確保について
~Side ネモ~
郊外キャンプの最終日、夜には刺客たちの襲撃が予想されるわけだが、だからと言って昼の授業が疎かにされるような事は無く――
「今日は医療関連の座学と実習か」
「僕らにとってはありがたいね」
夏休みに入る直前に薬師ギルドが主催した仮免講習会、ポーションは結局使う機会が無かったが、講習そのものは有意義だった。貴族組は外廻りだとかで講習を受けられなかったみたいだからな。学園側もそこのところを配慮して、似たような内容を講義してくれるらしい。まぁ、仮免講習会に参加したのは、平民の女子を中心とした一部の生徒だけだったからな。平民組の男子は冒険者の手伝いをしていたようだし。受講した連中にしたって復習になるわけだから、別段悪い話じゃない。
さて、午前中は応急処置関連の講義だそうだが、どんな内容なんだ?
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「火については先日ネモが詳しく指導してくれたようだから、今回は水について話すとしよう」
……ちょっと先生、初っ端からなんで俺を引き合いに出すんですか? クラスの連中もウンウンと頷いてるし。
「人間に限らず、生き物の身体には大量の水が含まれている。純粋な『水』という形ではないから気付きにくいだろうが、血の主成分がそもそも水だ。言い換えると、我々は自分の身体を維持していく上で、大量の水を必要とする」
まぁ、そうだよな。生物の身体の七割ぐらいが水だって、前世の授業でも習ったし。
「それだけでなく、清浄な水は傷口の洗浄や、その他の救急処置にも不可欠なものだ。ゆえに本日の講義では、まず最初に、清浄な水を如何にして得るかという点について述べたい」
――という枕から始まったオーレス先生の講義は、まず水場の探し方から始まり、湿地に棲息している蛇などの有毒動物――この時点で全員の視線が俺に集まった。何だってんだ――に対する注意、更には、濁った水の浄化方法にまで及んでいた。
……俺が生前知っていた浄水器だと、濾過材として最も重要なものは活性炭であり、これに砂や小石の層、そして布が追加された構造となっていた。ところがこちらの世界の浄水器は、少なくとも小型のものは数種類の布を組み合わせたものを濾過材としており、これに浄水石が追加された構造をしているらしい。
浄水石って何だと思っていたら、オーレス先生が説明してくれた。
「浄水石という名前を初めて聞く者もいるだろうから、説明しておく。これは、水の中に入れておくと、その水を浄化・無害化してくれる魔道具だ。――見かけはただの小石だがな。浄水石の使用回数には限度がある……というか、除去できる有害物質の総量が石の質や大きさによって決まっている。消耗品というわけだ。従って、常に浄水石の浄化残量を気にかけておき、減ってきたら随時補給しておく必要がある。まぁ、これは携帯型の浄水器の場合だ」
今回の実習に持ち込んだのはもっと大型のものだそうだが、それは俺が知っているような構造のものだった……浄水石は使われていたけどな。
「諸君らの中には、【生活魔法】の【浄化】を使えばいいのではないかと思っている者もいるだろうから、ここで忠告しておく。第一に、【生活魔法】は全員が使えるわけではない。第二に、【生活魔法】の【浄化】でできるのは、水の汚れや濁り、異臭を取り除く程度で、有害物を取り除くような効果は無い。言い換えれば、濾過材の代わりにしかならん。安全な水の確保のためには、どのみち浄水石は必要になる。……まぁ……一部にはそうでない者もいるようだが……」
――そうオーレス先生が言ったところで、またしても全員の視線が俺に集まる。……この反応、いい加減にしてほしいんだが……
(「……実際問題としてどうなんだ? ネモ」)
囁き声でコンラートのやつが訊いてくるんだが……
(「判らんとしか言いようが無いな。俺の故郷は湖水地方だ。綺麗な水にゃ不自由しなかったからな」)
(「あぁ……そう言われれば、そうか……」)
……俺が【浄化】をかけるようになってから腹痛を起こす事が減ったのは、単なる偶然だろう。別にここで話すような事じゃないよな、うん。




