第二十七章 郊外キャンプ~三日目~ 1.謎の燻製肉
~No-Side~
狂瀾怒濤の調理実習の翌日、晴れ上がった空を見る生徒たちの表情は複雑、かつ多種多様であった。
絶望を湛えた目で晴天を見つめる者、頭を抱えて座り込む者、諦めを滲ませて深い溜め息を吐く者、覚悟を決めたように眦を決する者、好奇心にその瞳を輝かせる者、我関せずとばかりに平常運転の者、ワクワクした様子で出発を待ちかねている者……
表情も態度も様々に異なってはいるが、そんな彼らの心中を占めているのはただ一つ。
――〝蛇肉の燻製って、どんな味がするんだろう……〟――
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オーレス教授とバイロン警備主任の機転によって、蛇――と言うか、蛇型の魔獣――の肉を豪勢に使った何かを昼食に食べさせられる事態は回避できたものの、ネモの手によって携帯食料に加工されたそれから逃れる事はできなかった。
本来なら学園側が用意した肉類を加工して保存食を作るという実習だった筈が、蛇肉を調理して昼食とするという強制イベントを回避するため、用意した肉類の大半は昼食へ廻された。悪夢の昼食という事態はどうにか避けられたものの、結局は事態を先送りにしただけ。ほぼ使い切った肉類の代わりに、蛇肉を携帯食料とする――という展開までは防ぎ得なかったのであった。
ヒヨっ子未満の生徒たちに蛇の調理は荷が重かろうと、ネモが調理を請け負う事になったのだが……事態はここで予想外の展開を見せた。
本当に食べられるのかと詰問されたネモが、売り言葉に買い言葉の勢いで、自分は故郷にいた頃からずっと食べている、お蔭でこんなに丈夫に育った――と胸を張ってカミングアウトしたのが、人騒がせな切っ掛けであった。
異端児ネモの規格外っぷりは、程度の差こそあれ、学園の生徒なら知らぬ者はいない。そのネモのステータスを育んだものが、蛇型の魔獣の肉だというなら……
――下手物と目されていた蛇肉の評価が一転した瞬間であった。
平民出身の生徒の中には、平素から際物っぽい食材を口にしていた者も多い。栄養や成長に効果があるなら、蛇を食するくらい何だと言うのだ。
一方で貴族出身者には、食道楽の親を持つ者も多い。そして、食道楽と如何物食いは紙一重である。味と安全が保証されているなら、一度くらい蛇を食べるのも良い経験ではないか……?
そういう雰囲気が一部で生まれ、各人各様の判断を下した結果、今朝のごとき複雑な状況と相成ったのであった。
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~Side レオ~
講義の前に先生方に呼ばれ、今日以降の野外実習ではネモ班と行動を共にするようにと言われた。明言はされなかったが、恐らく賊が襲って来るのを警戒しての事だろう。
この中で襲われるとすれば、まずジュリアン殿下かアスラン様だが、武闘会の一件があるから、俺という可能性も消えたわけじゃない。面倒な生徒は一纏めにしておこうって事らしい。……まぁ、俺の剣技も少しは買ってもらってるのかもしれんが……ネモがいる時点で過剰戦力だと思うんだよなぁ。……他の班員たちも腰が引けてるし。
「な、なぁ、レオ……あのネモってやつ……大丈夫なのか?」
あぁ……ヘクトのやつ、すっかり怯えてる。……まぁ、無理もないよな。一夜明けたら唐突に、あの恐怖の大王と一緒に行動する事になったんだ。おまけに……と言ったら失礼だが、ジュリアン殿下を筆頭に有力貴族の子女が揃ってる。……そりゃ、災難以外の何物でもないよなぁ……
「あぁ、そこまで心配しなくても大丈夫だ。確かにアブナイやつではあるけどな――」
「聞こえてるぞバルトラン。駄弁ってる暇があるなら、周囲の警戒でもやってろ。結構ややこしい状況だってのは、そっちも薄々勘付いてるだろうが」
ヘクトのやつはウヒっと首を竦めたが、俺も思わずそうしそうになった。
「――大丈夫だ。俺はともかくこのヘクトは、クラスきっての警戒上手だからな」
「――な!」
「ほぉ……そりゃ心強いな。レオの分もしっかり頼むぞ」
「あ……はぃ……」
ヘクトが恨みがましい視線を向けてくるが、悪い印象を持たれ続けるよりはマシだろう? ……もう少し話題を逸らしておくか。
「ネモ、この際だから確認しておきたいんだが……お前が作ってくれた……燻製って言ったっけ? この保存食な、本当に効果があるのか?」
ネモは燻製とか言っていたが……こんな保存食は初めて見た。それは俺だけじゃじゃかったみたいで、疲労回復とか成長促進とか――色々と憶測が飛び交ってるからな。ここらではっきりさせておきたい。そう思ってネモに訊いたんだが……
「効果って何だ? 燻製は燻製だろうが。空腹を満たす以外の効果が期待できるかよ」
「な――!?」
話が違うじゃないかと言いかけたが、ネモのやつは冷静だった。
「蛇の肉は美味くて栄養があるってのは保証するぞ。内臓なんかは食えば精も付くし、子供の成長にも良いかもな。けどな、それは飽くまで食い物の範疇だ。魔法の薬みたいな効果を期待するな」
……冷静に考えてみれば当たり前の話なんだが……ネモ御用達の食べ物と言うだけで、何か……摩訶不思議な効果があるような気がしていた……
(「おぃバルトラン……なんでそこに俺の名前が出て来るんだ?」)
(「――まぁ……ネモ君だからねぇ……」)
(「ネモさんの名前が出て来るだけで、何と言いますか、特別感がありますわよね」)
(「おぃコラお嬢、妙な言い掛かりを付けるんじゃねぇ」)
――何か言い争っている声がしていたようだが……正直気が抜けたような感じで聞き流していた。
だから……少し先を行くネモたちの目の前に変なやつらが飛び出して喚き始めた時には、そりゃ驚いた。
「――なぜだっ!?」
「「「「「「……は?」」」」」」
……何だ? このオッサン。