第二十六章 郊外キャンプ~二日目~ 4.台所太平記(その1)
~Side ネモ~
オーレス先生からやんわりと、俺が持ち込んだ蛇は携帯食料に加工してくれと言われた。まぁ言われてみれば、蛇は捌くのにも料理にも少しコツが要るからな。特にコイツらは毒持ちだから、素人に扱わせるのは問題か。
「……そんな物騒な代物を、飽くまで食材だと主張するんだね……」
「栄養価が高いのは確かだからな。先生方も言ってただろうが」
「取り扱いに慎重を期すとも言っておいででしたわよ?」
「慎重に扱いさえすれば、問題無いって事だよな」
先生方は魔素酔いがどうとかって言ってたけど……俺は酔った事なんか無いぞ。
「いや……魔素酔いを克服した姿が、今のネモ君なんだろうね……」
「ネモの魔力は、蛇を捌いて喰う事で培われたのか?」
「……エル? 僕は君に蛇を獲るよう推奨する気は無いよ?」
「ですがアスラン様、蛇を食べるだけで魔力量が増えるのなら、見逃せる話ではないと思いますが?」
「それはそうなんだけどねぇ……」
「多分だけど先生方も、それで悩んだ結果なんだろうね」
「……何に腰が引けてるのか知らんが……蛇が優れた食材ってのは、疑いも無い事実だからな」
……まぁ……食べつけていないお子様方には、ちっとばかしハードルが高いかもしれんな。……前世でも食べ過ぎて鼻血を出したなんて話もあったからなぁ……
「鼻血!?」
「……そんな危なっかしい食物ですの?」
「いや? 食べ過ぎさえしなけりゃ問題無いぞ。……無い、筈だ」
「……確信が無さそうなのが気になるんだけどね……?」
「いや、毒とか身体に悪いとかじゃなくってな……何と言うか……色々と精の付く食べ物だからな……」
……ウチの母親……蛇が夕食に出た翌朝は、決まって艶々してたんだよな。……父親はげっそりとしてたけど……
「……何となく言いたい事が解ったよ……」
「……ご両親が仲睦まじいようで何よりですわ……」
「……しかしネモ、今回それはそれで問題なんじゃないのか?」
「ま、一人当たりの量を加減すりゃ問題無いだろ。……あぁ、だから携帯食料って話になったのか。先生方も考えてるんだな」
「まぁねぇ……先生方の立場を考えると……」
何となく微妙な雰囲気になりかけたが、
「それでネモ、どんな携帯食料に加工するつもりだ?」
「僕らの班は蛇肉縛りがあるわけだけど」
「他の班は、先生方が用意した肉を使うみたいだね」
「まぁ……携帯食料に加工できそうな食材を採ってきた班が少なかったからな」
「……Dクラスの生徒、昆虫を捕ってきてたよね……」
「例年いるそうですよ? 量が少ないんで、毎年その班だけが食べているようですけど」
イナゴとか、佃煮にすれば結構いけるんだが……惣菜ならともかく、あれは携帯食料というのとは少し違うからな。……て言うか、虫が大丈夫で蛇が駄目というのが納得いかんのだが。
「……何しろ、あの大きさだったからねぇ……しかも、のたうち回っていたし……」
「インパクトの点で圧倒的に虫を上回っていたから……」
「Dクラスの生徒さんたち、明らかに引いていましたわよね……」
「それはともかく、今は携帯食料の事に集中しようよ」
うむ、アスランの言うとおりだな。過ぎた事を気にしてもしょうがない。
(「……多少は気にしてほしいんだけど……」)
(「後にしましょう、殿下。どうせネモは聞き入れやしません」)
「それでネモさん、何を作るおつもりですの?」
「あぁ。燻製なんかどうかと思ってるんだが」
「……燻製?」
「何だい、それは?」
あぁ……やっぱり燻製は知られてないのか。実家でも誰も知らなかったからな。そういう事もあるんじゃないかとは思っていたが……
「保存食の一つで、煙で燻す事で保存性を高めたもんだ。長期間の保存に耐えるものを作るんなら時間も設備も必要だが、割と簡単に作ったやつでも、一週間程度は日保ちする筈だ。学生の実習程度なら問題無いだろ」
冷燻なら長期保存に耐えるものを作れるんだろうが、あれは大規模な設備と時間が必要だったはずだ。それ以前に、そもそも今は冷燻に向いた季節じゃない。保存食という事を考えるなら、実質的に温燻以外の選択肢は無いな。
「燻すって……それは室内でやっても大丈夫なのかい?」
「まぁ、それほど派手に煙を出すわけじゃないからな。とは言え、窓際の方が都合が好いのは確かだが」
とりあえず窓側に移動するか……って、こっちだと風が入ってくるな。このままだと、風に吹かれた煙が室内に充満する事になるか。
「……事情を話して、場所を代わってもらうしかないね」
ジュリアンとコンラートが説得に廻ってくれたせいか、席替えにはあっさりと納得してもらえた。
(「……いや……明らかにネモに怯えたせいだと思いますが……」)
(「……そこは言わずにおいてあげようよ」)
……エルとアスランが妙な目でこっちを見ているような気がするが……まぁいい。さっさと下拵えに入るとしよう。
まずは大物の皮を剥いで、と――