第二十六章 郊外キャンプ~二日目~ 2.サイコな昼餐?
~Side ネモ~
オーレス先生に呼ばれたので、班を代表して俺が出て行く。採集した食材は【収納】に仕舞ってあるが、こんな趣向は想定していなかったから、そこは勘弁してほしい。そう言うと先生は納得してくれたので、徐に食材を取り出していく。
往路では薬草類を中心に採集してきたから、食材と言えそうなものを採集したのは実質昨日だけだ。なので、あんまり大したものは採れていない。
昨日の昼飯は野草類――アスラン・ジュリアン・コンラートの三人が血眼になって探し出した――を使ったスープにしたが、それらの野草類がまだ残っていたので、最初にそれを取り出す。どうもアスランが【鑑定】を使い倒して探し出したらしく、先生方が感心するほどバリエーションは豊富だ。
山菜類が一通り出揃ったところで、愈々動物性蛋白に移る。最初はエルが仕留めた大ネズミだ。前世で言えばヌートリアかカピバラのような感じだが、でかくてもネズミには違い無い。時間が無くて捌くところまではやってないので、まだちゃんと尾頭に毛皮付きだ。尻尾を持ってぶら下げてやると、ネズミとは言え中々の迫力だ。
皆に見せるために高く掲げてやると、なぜか教室が静まりかえった。きっと大物に感心しているんだろうが――次に出す俺の獲物だって中々の大物だぞ? 活きの良さも充分だし。
「ネ……ネモ、ちょっと待っ……」
先生が何か言いかけているが、まずは俺の猟果をご覧あれ。――いざ! 全長三メートル半のアオダイショウ擬き!
――次の瞬間、静まり返っていた教室が沸き返った。
そうだろう、そうだろう。俺だってここまでの大物となると、巡り会う機会は滅多に無いんだ。皮革ギルドの情報だと、何でもメデューサボアとか言う魔獣らしいが……生意気に突っかかって来ようとしたので、返り討ちにしてやった。毒牙を持っていて危険なので、予め頭は刎ねてある。頭と内臓・皮はギルドに売却の予定だが、肉については俺の総取りだからな。
大物とは言え、こいつ一匹だと全員分にはちと足らんだろうが――何、獲物はこいつだけじゃない。種類は違うが、他にも三匹ほど捕まえてある。頭と皮と内臓はギルドに渡さなきゃならんが、肉だけでも全員分には足りるだろう。
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~Side ドルシラ~
「あぁ……やっぱり……」
「予想どおりの光景だねぇ……」
ジュリアン殿下とアスラン様が諦観の表情を浮かべておいでですけど……私も同感です。
何しろ、ネモさんが取り出した蛇には頭がありませんでしたが、それでもなおビチビチとのたうち回っていたのです。生命あるものは【収納】できない筈ですけど……ネモさんに言わせると、これは単なる筋肉の反応であって、メデューサボアが死んでいるのに疑いは無いそうです。個体と組織、細胞の各レベルにおける死の定義がどうとかおっしゃってましたけど……要はメデューサボアのように生命力が強い魔獣では、こういう事がままあるという話のようでした。
それを見た皆様方は恐慌に陥っておいででしたけれど……これは仕方のない事だと思います。
――〝各自が採集した食材を使って全員分の昼食を作る〟――
このような課題が出された時点で、こうなるのは決まっていたようなものです。……予定調和と言うのでしたかしら。
「あぁ……先生方が頭を抱えてるね……無理もないけど……」
「色々と問題が出て来たわけですから」
そうです。最初の問題は、選りに選ってキャンプハウスの近くに、あんな危険な魔獣が出現したという事です。嘗て学園の実習地にディオニクスが出現した事と考え合わせると、何らかの作為があるのではないかと疑わざるを得ません。
更に問題なのが、学園の警備陣があの魔獣の存在――または接近――を察知できなかったという事です。それなりの地位にある貴族の子弟を預かる立場として、管理不行き届きを指弾されかねない失態です。
「ただ……ネモはアレを狩った時、林の中に入って行った……行きましたが?」
エルメインさんのおっしゃるとおり、ネモさんは独りでフラリと林の中に入って行き、戻って来た時にはアレをぶら下げていました。ですので、警備に穴があったかと言われると、否定も肯定もしづらいと言うのが実際のところです。
「それにネモは常日頃、魔獣が突っかかってくるとぼやいていた……いました」
「うん。その言動を考えるに、あのメデューサボアはネモ君の魔力に惹かれてやって来た――という説明を棄却はできないね」
「悪意の関与も疑われるし……責任追及は有耶無耶になりそうですね」
「それより……問題はこの後の事でしょう」
そうなのです。マヴェル様がおっしゃるように、私たちにとって喫緊の問題は、〝この後どうするか〟という事なのです。
「〝生徒が採集した食材を使って全員分の昼食を作る〟――と、学園側が宣言した以上……」
「実際にそうしないわけにはいかないか……」
「〝生徒全員に行き渡るだけの量がある〟――と、ネモ君は得意げだったよね……」
「と、いう事は必然的に……」
「昼食は蛇肉を使ったメニューになる……その公算は低くないという事だろうね」
「ですが殿下……この反応を見る限り、生徒たちの反撥が予想されますが?」
……頭を刎ねられてなおのたうち回っている蛇を食べろというのです。腰が引けるのも当然ですわね。
「う~ん……それはそうなんだけどね。そもそも野趣溢れる食材に親しむというのが、この実習の眼目だろうし……」
「……だとしても、些か溢れ過ぎているのではないですか?」
「それは否定できないんだけどねぇ……」
……材料がアレというのは気になりますけど……あのネモさんが自信ありげに推すメニューです。不味いものだとは思えません。
……大きな声では言えませんが、以前に戴いたお魚の骨と皮も、見かけによらず大層な美味でしたし……
「しかし――あれだけの魔獣なら、栄養とか効果とかも高いのでは?」
「うん……エルの言うとおりだね。一般にレベルの高い魔獣の肉は、能力を成長させる効果が高いと言われてるし」
「そう言えば……ネモは【料理】スキルの持ち主でしたね」
「それもあるけど問題は、ネモ君以外にアレを調理できる者がいるのかな?」
「仮にも実習と銘打つ以上、ネモ独りに調理させるわけにはいきませんからねぇ」
――果たしてどういう事になるのでしょうか……?