第二十五章 郊外キャンプ~初日~ 6.プロメテウスの嘆き 或いは 点火のご意見番(その1)
~Side ネモ~
なんだかんだと喋っているうちに材料の下拵えも終わり、愈々調理に取りかかろうかというところで――それが起きた。
「……何だ? 向こうの方が騒がしいな?」
「Bクラスの生徒たちみたいだね」
一体全体何が起きたのか? 準備の手を止めて事態の推移を窺っていたんだが……
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「……火を着けるのに失敗した?」
「たかがそれだけで、どうしてあんな騒ぎになったんだ?」
少し離れてたんで能く判らなかったが、爆音みたいなものが聞こえたぞ?
「いや……どうも、火を着けるのにファイアーボールを撃ったみたいで……」
「「「「「「――はぁっっ!?」」」」」」
金棒引きのエリックが訊き込んできた話は、俺たちを驚かせ……そして呆れさせるに充分なものだった。
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「……すると何か? 【着火】のスキル持ちがいなかった班があって、火という点では変わらないだろうと、景気好くファイアーボールをぶちかましたと……?」
魔導学園の生徒なのに、【着火】を使えない生徒がいるというのが、まず信じられなかったが……訊けばそれほど珍しい事でもないらしい。【着火】に限らず【生活魔法】というのは、魔力の消費量が小さいのが特長だ。ところが、憖強い魔法を使えると、些少な魔力のコントロールが却って上手くいかず、【生活魔法】のような軽い魔法は上手く使えない――という事があるらしい。
魔導学園の生徒ならではの問題点なんだとか。だから、俺のようなのは例外中の例外なんだと力説されたが……
「後は解ると思うけど、ファイアーボールの威力が強すぎて薪が吹っ飛び、ついでにファイアーボールがそのまま直進して……」
「……死傷者は出なかったのか?」
「さすがに、人のいない方向に撃つくらいの分別はあったみたいだ」
……そういうバカをしでかしそうなやつに心当たりがある。況してBクラスの生徒となると……
「……やらかしたのはバルトランか?」
「ご名答。先生方からこってりと絞られてるよ」
当たり前だ。下手をすると人身事故、管理責任を問われて担任と生徒指導部、学園長は辞任、場合によっては学園の閉校まで進みかねんぞ。やらかしたバルトラン家にしてもただじゃ済むまい。勘当・廃籍は当たり前として、悪くするとお家取り潰しとか……
「いや……魔術師の育成は謂わば国策だからな。さすがにそこまでの事にはならないと思うが……」
「指導計画の見直しぐらいはあるかもねぇ……」
いや……これって学園がどうこうというより、親の躾の問題じゃないのか?
「躾がなっていない子供を叩き直すのも、魔導学園や騎士学園に期待されている役割だから……」
……大丈夫なのかよ、この国。いや、それよりも……
「……おぃカルベイン。うちのクラスにゃそんなトンチキはいねぇだろうな?」
まさかとは思うが――そのまさかをやらかした馬鹿が実際に存在したわけだからな。念のために確認しておくか。
「大丈夫だ! ネモのお蔭もあって、我がAクラスは全員が【生活魔法】を習得している!」
「ならいいが……ちょっと待て、俺のせいってのは何だ?」
そう訊いたら、エリックだけでなく他の班員まで、俺を哀れむような目で見やがった。
……何だってんだ?
「……おぃおぃネモ、自分が【着火】で何を焼き殺したのか、もう忘れちまったのか?」
「ただの便利魔法と思われていた【生活魔法】で、あれだけの事を見せつけられたんだ。奮起するのも当然だろう?」
「そうですわ。私も改めて練習に取りかかりましたもの」
「先生方に口止めされてる手前、他クラスの生徒がいるところではできないけどね」
何と……そんな事になってたのか。寮を出て生活してるから判らんかったわ。
「まぁ、まだネモほどの火力は出せないから、火を着けるのも簡単じゃないけどな」
――うん?
「……ちょっと待てカルベイン。何で薪に火を着けるのに、火力なんて単語が出てくるんだ?」
「え? ……火力は重要だろ?」
嫌な予感がしたので問い詰めたところ、バルトランを笑えない事が判明した。