第三章 学園生活始動 1.オリエンテーション(その1)
「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。
~Side ネモ~
入学式の翌週、王立魔導学園では上級生による新入生向けのガイダンスだかオリエンテーションだかが開かれた。この学園で学んでいくに当たっての諸注意であるとか、王都で生活する上での注意事項などを教えてくれるんだから、これは真面目に聞いておくべきだ。
なのに……上級貴族のガキんちょみたいなのが、説明も聞かず声高に喋りくさりやがって。先輩方のアドバイスが聞こえねぇじゃねぇか。お前らは後で従者にでも聞けばいいのかもしれんが、こっちはそういうわけにはいかねぇんだよ。
軽くじろりと睨んでやったら、ビクリと震えて大人しくなった。多分【眼力】は発動してない。素の視線だけでも効果があったようだ。……前世と変わらんな。
……「恐怖の大王」という声があちこちで小さく聞こえた事については、もう気にしない事にした。
オリエンテーションの後に上級生を交えた親睦会があったんだが、お察しのとおり俺の周りは静かでしたよ。……えぇ、お通夜かと思えるくらい。
そんな俺たちから少し離れた場所では、この国の第四王子ジュリアン・デュ・オルラントが取り巻き希望者に集られている。金髪に緑の瞳の正統派プリンスだな。
群がってるのは多分貴族とかの子弟なんだろう。ジュリアンが少し迷惑そうな顔をしているが、お構い無しって感じで纏わり付いてやがる。いや、取り入る相手の気分を害してどうするつもりだよ、お前ら。
少しだけ気の毒な気もするが、あの混雑に割って入って、主役組との関わりフラグなんか立てるつもりは欠片も無い。俺は平穏無事な人生を目指すんだ。
そんなこんなでオリエンテーションの一日目は終わった。
・・・・・・・・
翌日、オリエンテーションの二日目として、上級生が学園内を案内してくれた。
態々上級生の手を煩わせてまで、案内が必要な理由は単純だ。――めっちゃ広いんだわ、この学園。どこの学園都市かっていうぐらい。
俺たちが入学するのは初等部で、十二歳から十五歳までの生徒が対象だ。前世の感覚で言えば中学校だが、同じ敷地内に中等部(高校に相当)も高等部(大学とか大学院に相当)もあるわけだ。俺たちがそんな区域に行く事はまず無いが、場所を知っておかんと迷子になる可能性はある。敷地内の各地に案内板が立てられてはいるが、案内板の見方が解らないってやつもいたからな。まぁ、施設の名前なんて外部の者には解りにくいから、安易に咎めるわけにもいかん。「非融和性魔力研究施設第三測定廠」なんて書いてあっても、何なのか見当も付かんしな。
そんなだから上級生の案内も、学園生が使用する施設の案内と、門を入ってどう進めば学園に辿り着けるのかという説明が中心だった。……ところどころに警衛の詰め所があるから最悪それを探せというのが、一番大事な内容だったような気がする。
俺としては人目に付かない場所や抜け道の有無をチェックできたので、この案内は実に有意義だった。そんなものをいつ何に使うのかと言われたら答えづらいが、こういうのは予め確認しておいて損は無い。前世現世を通じて得た経験則ってやつだ。
で、一通り案内を済ませた後で先輩方が案内してくれたのが、
「資料館……?」
「何なんですか、ここ?」
「当学園の先生方が長年にわたって収集されてきたガラ……標本や資料を、保管・展示するための施設ですね。珍しいものが多いですから、偶にみるだけでも勉強になると思いますよ」
展示物には手を触れないようにして下さい――なんて言ってるけど、先輩、最初ガラクタって言おうとしたよな?
まぁそれはそれとして、ここは所謂博物館に相当する場所か? 前世地球の博物館は、道楽貴族が蒐集品を見せびらかした「驚異の部屋」が原点だって聞いた事があるんだが……こっちのは大学の資料保管庫みたいな感じだな。向こうの世界にいた頃も、大学が博物館を併設する事が増えてきてたっけ。どこでも事情は似たようなもんか。
案内されて館内に入ってみたが、一階に展示してあるのは動植物や鉱物の標本が主なようだ。俺の目から見ると、分類には首を傾げるようなものもあるし、標本は総じて作り方が雑だ。けどまぁ、そんな事を指摘して墓穴を掘るような真似はしない。
どうせ俺の傍に寄って来るやつはいないから、ぶらぶらと独りであれこれ見物していたら、化石が展示してある一画に辿り着いた。シダや硬骨魚の化石だとか、何かの巨大な骨とかが展示してあるのに混じって、
「魔物の爪……?」
不思議そうに呟いたやつがいたので後ろから覗き込むと、案の定それは――
「……サメの歯だな。天狗……魔物の爪と間違えられる事が多かったみたいだが」
「サメ……って何だ?」
――振り返ったやつの顔を見て、即座に後悔した。
エルメイン。身分を隠して亡命中の隣国の王子――仮名アスラン・リンドローム――の従者をしている少年だ。ゲームでは勿論攻略対象。エキゾチックな浅黒い皮膚と黒い髪を持つ乾燥地出身の異民族の少年で、暗殺の技術に秀で、その技術と能力を以てアスランを護るという設定だった筈だ。乾燥地の出身で海とか魚とかを見た事が無いため、魚の化石を興味津々で見ていたらしい。
「あぁ、サメってのは……まぁ、でっかい肉食性の魚だな。人を襲うやつもいる」
「待て。これがそいつの歯だというなら、それは物凄く大きい筈だぞ? そんなにでかい魚がいるというなら、その骨はどこにある? 歯だけが展示してあるのはなぜだ?」
……いや、ここに魚の化石が全部揃っているわけじゃないからな。それに、
「サメってのは骨が軟らかくてな。化石として残りにくいんだよ。……化石って解るか?」
「あぁ。大昔の生き物が石になったものだろう。故郷でも時々掘り出されていた」
……そう言えば、前世でも恐竜の化石なんかは、砂漠から出土する事が多かったな。
「だが……こんな大きな歯を持つ魚がいたとは……」
「海中ってのは陸上と違って、身体の大きな動物が現れ易いからな」
況してこの世界には魔獣がいるんだ。伝説のクラーケンやリヴァイアサンがいたって驚かんぞ。
「興味深い話をしているみたいだね、エル」
「あ、アスラン様、申し訳ありません」
おやおや、ピンクがかったライトアッシュブロンドに深い紫色の瞳……本命の主役様の登場か。