第二十五章 郊外キャンプ~初日~ 3.食材探し
~Side アスラン~
午前中の座学を済ませた後で、キャンプハウスの周りでの実習に移る。最初の実習は昼食の自炊だ。
学園側が用意するのは、鍋釜竈といった道具や設備、それと水。肝心の食材は、干し肉とパンだけが提供される。薪の確保から火を起こすまで、自分たちでやらなくてはならない。少しでもまともな食事が欲しいのなら、僕らの自助努力に頼るしか無いという事だ。
僕らのようなヒヨっ子が、最初からそう上手く自炊できるわけも無い。不本意な食事に甘んじるを得なかったところで、夜の講義は自炊に関する内容らしい。これは身を入れて聴かざるを得ない。その反省と学習の成果を踏まえて、明日以降も自炊が続くというわけだ。そして食糧事情改善への欲求が高まったところで、動植物学の実習内容も食材に絡んだものになるらしい。
……能く解ってるなあ、ここの教師陣。
「だから炊事作業に入る前に、少しでも食材を充実させる必要があるわけだ」
――そうぼやいたのはマヴェル君だが、これに応えるようにネモ君が、
「授業の一環という事で、俺の【収納】は使うなと釘を刺されたからな」
……聞き捨てならない台詞を口にした。【収納】に何が仕舞ってあるというんだろう?
「……参考までに訊くけど、ネモ君の【収納】には……?」
「俺一人なら、十日は食っていけるだけの食事が確保してあるな」
……ネモ君は、そう事も無げに言い放った。
「……『食事』なのか? 『食材』じゃなくて?」
「調理済みの『食事』が十日分だな。『食材』なら更に多くを確保してある」
……僕たち全員が恨めしそうな溜め息を吐いたのは、非難される事ではないと思う。
「俺に文句を言っても始まらんぞ? ズルはするなとのお達しなんだからな」
「……解ってるんだけどね……」
ジュリアン殿下が何か言いたそうにしていたが、ネモ君は急にそれを制止すると、鮮やかな手並みでナイフを投げた。……エルが過敏に反応しないように、敢えてゆっくりとナイフを抜いてみせるだけの配慮を示して。
「蛇か?」
「あぁ、お待ちかねの食材ってやつだ」
……エルとネモ君は当たり前のような顔をしていたけど、僕たちの顔付きはそうじゃなかったと思う。
「……今、〝食材〟とおっしゃいましたかしら?」
少し蒼褪めた顔色で、しかし意外に落ち着いた声で、レンフォール嬢がそう訊ねた。
「あぁ。蛇ってやつは、肉や内臓は精が付くわ、皮は細工に使えるわ、毒腺とかも高く売れるわで、到底見過ごす事のできない獲物だからな」
そう言いながら、ネモ君は手早く蛇の頭を刎ねると、一気に皮を剥いでいった。この蛇はギルドの買い取り対象外だという事で、皮は自分用に使う気らしい。そして頭と内臓は……
「スライムに食べさせるのか」
「好き嫌い無く何でも食うそうだからな」
朝に水汲み場で見つけたスライムを、ネモ君は肩に乗せて連れて来ていた。目を離す方が危なっかしいだろうと言われると、僕らとしても反論はしづらい。物理も魔法も通用しないのは事実だけど、スライムは元々そこまで好戦的な魔物じゃないし……危険なのかと問い詰められるとねぇ……
先生方も首を捻っておいでだったけど、ネモ君が面倒を見るという事で、交渉は妥結した。平班員の僕らとしては、根拠も無いのに異論は挟みにくい。
それで……重要なのは残った肉――まだビチビチと動いてる――についてだけど……
「んなもん食うに決まってるだろうが。……まぁ、他に食うもんが見つかったら別だがな」
――何が何でも代わりの食材を探し出そう。
頭も皮も内臓すら無くして、それでもなおビチビチとのたうち回る蛇を見て、僕たちは堅く心に誓った。