第二十五章 郊外キャンプ~初日~ 1.ご機嫌なめぐり逢い
~Side ネモ~
――朝起きて水汲みに行くと、スライムがいた。
それがどうしたと言われると弱るんだが……実は俺、スライムって初めて見たんだよな。家族はちょくちょく目にしていたそうなんだが、なぜだか俺は今まで見た事が無かったんだ。
ラノベなんかじゃ定番となってるスライムだが、この世界の実物はどうなのかと思って見れば……ふぅん……ポヨポヨした半透明の葛饅頭みたいなタイプなのか。前世でも作品ごとに描かれ方が違っていたからな、スライム。……や~……実物を見ると感慨深いわ。
「スライムか……こんな場所に珍しいな」
コンラートのやつがそう呟いたので、この際気になっていた事を訊く事にする。
「やっぱりスライムは珍しいのか?」
何しろ、俺の十二年の人生の中で、一度も目にしなかったくらいだ。前世のラノベとは違って珍しいと考えるのが妥当だろう。……家族は何度も見たと言っていたけどな……
「いや? スライム自体は別に珍しくはないぞ? ただ、こんな人家の近くにいるのが珍しいだけだ」
……珍しくないのか……
「……俺……初めて見たんだが……」
そう告白すると、皆は暫く怪訝そうな顔をしていたが……
「……あぁ、スライムは警戒心が強くて臆病だからだな」
「……だが、お前らは見た事があるんだろう?」
「俺は無いぞ?」
「いや、エルは乾燥地の出身だよね? あの辺りにスライムはいないんじゃないかな?」
「……おぃマヴェル、俺が見た事が無いのはなぜだと言うんだ?」
「い、いや……だから……その……」
「ネモさんの目つきが怖いので、スライムたちが逃げたのではありませんこと?」
……お嬢……密かに気になっていた事を……能くもあっさりと……
「……けど……このスライムは別にネモ君を怖がってはいないみたいだけど?」
「アスラン様、万一の事があるといけません。そのスライムとやらは俺が始末します」
……あぁ、現在の状況だと仕方ないか。初めて見たスライムだけに、少し惜しいんだが――と思いながら見ていると、エルがスライムに短剣を突き刺……そうとして弾かれた。
「何っ!?」
「あぁ、エルメインは知らないんだったな。スライムというやつは滅法物理耐性が強くて、打撃や斬撃では傷付ける事はまず無理なんだ」
ほぉ、物理攻撃無効か。……ラノベではよくある設定だが、こっちでもそうなのか。
「――では、どうすればいいんだ?」
「簡単だ。魔法で始末すればいい――こういう具合に」
大見得を切ってウィンドカッターを放ったコンラートだったが……
「何っ!?」
「あっさり弾かれてんじゃねぇか」
……正確には弾くって言うか……当たる直前に雲散霧消したような感じだったな。
「それでは私が――何ですの!?」
続けてお嬢がファイアーバレット――ファイアーボールの強めのやつ――を撃ったが、やっぱり結果は同じだな。当たる直前で消えちまった。……どうも魔法による攻撃を、一旦魔力に還元してから吸収してるみたいだな。
魔法攻撃も物理攻撃も通じないスライムを見て、みんなはえらく慌てているが……
「何か……喜んでないか?」
スライムは嬉々として魔力を吸収してるように見える。てか……そもそもスライムから敵意みたいなものを感じないんだよな。
ひょっとして……こいつ的には魔力をゴチになってる感じなのか? だったら――
「……ネモさん、何をなさっておいでですの?」
「いや……こいつ喜んで魔力を食ってるみたいだからな。いっそ攻撃せずに魔力を食わせてやったらどうかと思って。別にこっちに敵対する様子も見せないしな」
「魔力を魔法攻撃に変換せずに、そのまま放出しているのか……」
「器用な真似をなさいますのね……」
「【魔力操作】のスキルを持つだけの事はあるね……」
皆は口々にそう言うんだが、学園に入学するまで属性魔法なんか使えなかった俺としては、寧ろ魔力をそのまま動かす方がやり易い。前世の記憶が戻ってからは、とりあえず魔力量だけは増やしておこうと、訓練だけは頑張ったからな。魔力を循環させたり、一ヵ所に集中させたり。
お蔭で【魔力操作】のスキルは早々に獲得したんだが……長いこと【生活魔法】以外は使えなかったからなぁ……
まぁ、それはともかく――暫く魔力を食わせてやったら、スライムは満足したらしく、俺の方にすり寄って来た。……可愛いな、こいつ。
何か野生の動物とか魔物とかは、俺を見ると逃げ出すか突っかかってくるかばかりで……寄って来るようなやつは……いなかったからなぁ……(涙)
(「……何かネモ君に懐いてないかい? あのスライム」)
(「スライムはテイムしづらいという話を聞いた事がありましたが……」)
(「俺はスライムの事は知らんが、あれはどう見ても懐いてるだろう」)
(「スライムもですけど……ネモさんもあれだけの魔力を与えておいて、平気な顔をしていますわね……」)
(「確かにそっちも凄いねぇ……」)
後の方で何か言ってるみたいだが……
「おぃ、水を汲んだらさっさと戻るぞ。あまりノンビリともしてられんのだからな」
(「……何か釈然としませんわね……」)
(「けど、あれだけネモ君に懐いてるものを、僕らがどうこう言うのもねぇ……」)
(「とりあえず、危険は無いと見ていいのでは?」)
(「まぁ……こんな場所に変なスライムがいた事も併せて、先生方に相談した方がいいだろうね。僕らだけで判断するよりも」)